トルコリラがまた暴落した。今月、1リラ約11円で低空飛行を続けていたのが、23日突然8円台に下落した。それからやや回復するも、暴落前の水準に回復することなく現在も9円台で推移している。日本のメディアはエルドアン政権によるトルコ経済の実情を無視した金融緩和政策の継続などが理由としてあげていたが、いずれも、暴落のきっかけについて触れられているのみであり、根本的原因について追究したものは見受けられなかった。トルコリラといえば、一昔前はメキシコペソ、南アフリカランドと並ぶ有望な外貨投資先であった。5年前は1リラ30円台であったのが、気が付けば20円以下になり、今ではかつての半値の15円にも満たない。新興国通貨の雄がなぜこうなってしまったのか。

 

 トルコ経済は中東の中、とりわけ非資源輸出国としては群を抜いていると言えるが、世界で競争力を有する産業には乏しい。新生トルコ建国後、工業化に着手するも思うような成果は出ず、日本の高度成長期には、ヨーロッパ諸国に農産物を輸出し外貨を稼いできた歴史もある。現在は製造業で健闘する自動車産業にしても、多くは欧米、日本などの自動車メーカーの現地生産の役割を担っているにすぎず、輸出先としてもヨーロッパに依存している。一方、ここ最近、軍需産業が輸出産業として熱い視線を集め始めた。

 

 トルコ製ドローンが、2020年のナゴルノ・カラバフ戦争でアゼルバイジャン軍の勝利を後押ししたため一躍注目を浴び、導入を検討する国が増加したのである。無人兵器についてはテクノロジーの多くを欧米企業に依存しているが、長年のPKKのゲリラとの戦い中で積んできた実戦経験は大きな強みだ。一方、ドローン提供含むウクライナへの接近は、そのドローンが同国東部を根城にする新ロシア派との戦闘に利用されていることもあり、ロシアの怒りを招いている。兵器の供給は外交的軋轢を生むなど反動も大きい。トルコはそもそも成長の材料に乏しいのである。

 

 トルコリラの相場は政治によって、支えられてきた面が大きい。トルコリラのチャートの動きをよく見ると、実のところ政治情勢と歩調を合わせていることがわかる。トルコは第一次エルドアン政権が誕生した2000年代から十数年間は、目覚ましい経済成長をとげていた。この時期は、エルドアンも少数民族クルド人の問題解決に熱心なそぶりを見せ、長年武力衝突が続いていたクルド人の武装勢力、クルディスタン労働者党(PKK)との和平交渉も実施していた。経済成長が陰りを見せてくると共に、トルコの政治危機が顕在化してきた。2013年のガジ公園抗議運動は、エルドアンがその本性を見せる一つのきっかけとなったが、2015年のPKKとの和平交渉打ち切りを機に、エルドアン政権は独裁化・イスラム主義への傾倒を強め、国際社会の懸念を反映するかのようにリラも下落するようになった。

 

 トルコリ下落の大きな契機となったのは、2018年の暴落だ。これは、トルコがアメリカ人の福音派牧師を拘束したことに対し、解放を求めるトランプ政権が法務大臣などを制裁対象に加えたことが引き金となった。この時期は20円前半から一気に17円まで落ちたこともあり、その後、トルコが件の牧師を解放したことで持ち直したものの、以前の水準には戻らず、20円台からじわじわと値下がりを続けていった。トルコはエルドアン政権の独裁化に伴い、各地の紛争に積極的に軍事介入するようになった。

 

 2016年、2018年、2019年と大規模なシリア侵攻作戦を実施し、イラクにも空爆を続けながら地上部隊も駐留させている。さらに、リビア内戦、ナゴルノカラバフ紛争にも介入し、傘下のシリア人傭兵を送り込んでいることが国際的に問題視された。そして、これら軍事介入が、リラ下落で輸入品高騰に喘いでいるが故に、資源を求めたものではないかと推測されるのだ。イラクではトルコ寄りの自治政府、クルディスタン地域政府から石油を買いたたき、リビアではトルコが支える暫定政府の支配地域で多くの同国企業が資源開発に参加している。

 

 占領地のシリアでは、クルド人農家のオリーブを接収し、トルコ国内で加工品にしヨーロッパへ輸出している疑惑もある。トルコは目先の利益に釣られ軍事介入を続ける度に、元来、経済的つながりの強い欧米との溝は開き、リラは売られさらに苦境となる悪循環に陥ってる。現状では、戦争経済とも言える状態で、経済好転の材料に乏しい。

 

 今回のリラ暴落に直面してもなお、経済政策を改めようとしないエルドアン政権に対し、前述のガジ公園抗議運動を彷彿させるデモが実施された。革命レベルの政治変革が起こらなければ、リラはまだまだどこまで下がるかわからない。

 

 

Roni Namo

 東京在住の民族問題ライター。大学在学中にクルド問題に出会って以来、クルド人を中心に少数民族の政治運動の取材、分析を続ける。クルド人よりクルド語(クルマンジ)の手ほどきを受ける。日本の小説のクルド語への翻訳を完了(未出版)。現在はアラビア語学習に注力中。ペルシャ語、トルコ語についても学習経験あり。多言語ジャーナリストを目指している。