ラテンアメリカの民主主義が危機に瀕している。ニカラグア大統領選(11月7日)は現職大統領が選挙前に政治的ライバルを次々に拘束した中で行われ、大統領が勝利する結果となった。エルサルバドルでは大統領が裁判官らを更迭。その後、最高裁判所はこれまで禁じていた大統領の連続再選を可能にする判断をくだした。強権政治だけでなく、民主主義を支持するとする世論が半数以下に落ち込むなど、ラテンアメリカには民主主義の衰退を許す土壌が拡大している。

 

 ニカラグアでは7日の大統領選で現職のオルテガ大統領が勝利し、連続4選、通算5期目政権運営に臨む。オルテガ政権は5月以降、野党の有力候補ら7人を含む40人以上を不当に拘束し、選挙に立候補させない手段を取った。今回の大統領選についてニカラグアの選挙管理委員会は、オルテガ大統領の得票率は約76%と発表したが、実際に立候補した他の5候補は政権寄りである上に「泡沫」で、オルテガ大統領の当選の道筋が最初から敷かれていた選挙だった。オルテガ大統領の実際の得票率は9%程度だという調査結果もある。

 

 投票率は65%と発表されているが、ニカラグアの市民団体は「実際は20%にも満たない」と見ている。

 

 このため欧米各国やEUなどから、「民主的な選挙にはほど遠い」との批判の声が相次いだ。米国のバイデン大統領は選挙が行われた7日に声明を発表し「自由でも公平でも民主的でもない」と強い調子で非難した。

 

 選挙を受けて米国はオルテガ政権高官の資産凍結など新たな制裁を発表したほか、16日にはオルテガ大統領をはじめとする政府要人、官僚らの米国への入国を禁止した。

 

 ニカラグアは1936年から、ソモサファミリーによる軍事独裁政権の時代が43年間続いた。中南米地域での共産主義思想の拡大を抑え込むため、米国はソモサ独裁政権を支援した。ソモサ政権は米国を後ろ盾に、解放を求める市民を弾圧した。

 

 オルテガ大統領は当時、左翼ゲリラだったサンディニスタ民族解放戦線を率いて、ソモサ政権と戦い、1979年にソモサファミリーを政権の座から引きずり降ろした。ニカラグアの「サンディニスタ革命」は人権弾圧に苦しむ民衆の希望の光として報じられ、オルテガ氏は英雄的な存在だった。

 

 革命後、サンディニスタ民族解放戦線は政党となり1984年、オルテガ氏は大統領に初当選した。1990年の大統領選で敗れたが2006年に返り咲き、その後、オルテガ大統領は政権の座に君臨している。2014年には憲法を改正し大統領の再選禁止規定を撤廃、強権的なやり方が民衆の反発を買った。

 

 妻のロサリオ・ムリロ氏は2017年から副大統領だ。オルテガファミリーがニカラグアの政治を牛耳るようになり「自分が倒したソモサファミリーと同じことをしている」との批判が国内に渦巻いている。

 

 現在のラテンアメリカでは、共産党独裁のキューバと、ボリバリアン革命で誕生したチャベス政権の後を継ぐマドゥロ政権のベネズエラが独裁国家だが、ニカラグアはラテンアアメリカで3番目の独裁政権として広く認識されるようになってしまった。

 

 ラテンアメリカではこの他にも、独裁色を強める国がある。世界で初めてビットコインを法定通貨としたエルサルバドルでは、キャップ姿でソーシャルメディアを操るブケレ大統領が強権を発動している。今年5月に最高裁判事らを更迭したが、その後釜にはブケレ支持派の判事が就いた。最高裁は9月、大統領の連続再選を禁止した過去の判断を覆し、連続再選を事実上、可能にした。

 

 ブケレ大統領は、犯罪を厳しく取り締まる政策などで国民の人気は高い。一方で権力の一極集中をひた走るブケレ大統領への反発も高まり、10月には首都サンサルバドルでビットコインの法定通貨導入に反対するデモが行われた。数千人の参加者は「独裁者にNO」などと書かれたプラカードを掲げた。

 

 これに対しブケレ派が多数を握るエルサルバドル国会が、政治・社会問題を訴えるために市民が集まることを禁ずる法令を可決した。与党側はコロナ感染拡大防止が目的だとしているが、反大統領派を封じ込める狙いがあるといわれている。

 

 ブラジルでは右派のボルソナロ大統領が、トランプ前米大統領ばりに、自らに都合の良い選挙制度の導入を目指している。ボリビアでは左派長期政権を担ったモラレス前大統領による憲法や国民投票を無視する姿勢が批判されたが、そのモラレス氏の現政権への影響力は大きい。

 

 チリの世論調査会社、ラティーノバロメトロの調べによると、ラテンアメリカでは「民主主義を支持する」とする人の割合が2020年、49%となり、半数を割り込んだ。地下資源など一次産品の輸出が好調で、ラテンアメリカ経済が潤っていた2010年には63%あったのが10年で急落した。景気の悪化で生活が苦しくなり、さらに新型コロナが追い打ちをかける中、ラテンアメリカの人々は民主主義よりもポプリズムに走っている。

 

 民主主義をぶち壊すのは、必ずしも政治家だけではない。

 

 

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Taro Yanaka

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 趣味は世界を車で走ること。

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