米国の分断は深く日常に刻み込まれ、右も左も、マジョリティーもマイノリティーも「対立の構図」ばかり。分断についての原稿を読むのも、書くのも「もう、うんざりだ」というのが正直なところだ。こういう状況なら白人支配階級の文化への反発は強いはずだが、ことファッションについては様子が違うようだ。

 

 1970、80年代に流行したプレッピーと呼ばれるトラディショナルなファッションがこの秋以降、若者たちの間で流行している。ブレザーにボタンダウンシャツ、女性ならミニのプリーツスカート。靴はローファーかメリー・ジェーン。こうした古典的なプレッピースタイルもさることながら、カチッとしたイメージを少し崩したカジュアルなプレッピーも登場し、裾野を広げている。

 

 中古ブランド品を委託販売する米国のオンラインショップ、The RealRealの「Luxury Resale Report」は若年層の購買トレンドを読み解くための重要な調査として知られるが、今年のリポートは衝撃的だった。この10年ほど、若者たちのファッションの主柱を担い、成長を続けてきたストリートウェアの主要ブランドの取引が、今年上半期は下落した。その一方でプレッピーブランドの旗手ともいえる「ラルフ・ローレン」は前年同期比234%もの増加となった。

 

 ストリートウェアはフーディーと呼ばれるフード付きのセーター(日本ではパーカーと呼ばれる)とTシャツなどが主なアイテム。ダボっとした少しだらしない感じで着こなすため、プレッピーとは反対の位置にある。この現代若者ファッションの象徴を、誕生して100年といわれるプレッピーが脅かしている。

 

 プレッピーは米北東部にある名門大学に通う白人エリートたちのファッションとして生まれた。「アイビーリーグ」に通う男子学生はその昔、スーツを着ることが定番だったが、これを着崩す形でブレザーや綿のシャツ、パンツを身にまとうようになった。

 

 「セブンシスターズ」と呼ばれる名門女子大学に通う白人上流階級の女性たちも、同様のスタイルとなり、これが「プレップスクール」と呼ばれる有名大学を目指す中学、高校にも広がり、プレッピーというファッションが確立した。白人富裕層の美意識が生んだ典型的なスタイルである。

 

 雑誌「ライフ」が1937年2月1日号で「セブンシスターズ」のひとつ、バッサーカレッジの女子学生のファッションなどを特集した。これにデパートのメイシーズがすぐに反応し、プレッピールックを大々的に販売したため、プレッピースタイルは一般に定着した。

 

 今、このプレッピーを新しい感覚で受け入れているのは「Gen(Generation=世代)Z」と呼ばれる若者たちだ。生まれたころからインターネットや携帯電話があり、ソーシャルメディアがコミュニケーションの中心にある世代。プレッピーについてもソーシャルメディアが復活の原動力となっている。

 

 ファッションの世界では昔の流行への回顧が、今の流行につながるケースが多い。ソーシャルメディアで昔の流行ファッションが流れると「Gen Z」の若者たちが「かわいい」と感じて飛び着く。プレッピーもその流れで広がった。

 

 ただ、プレッピーの場合はそれだけではなかった。テレビドラマのリメイクシリーズがブームを大きくした。

 

 2007~12年まで米国で放送された人気ドラマ「ゴシップ・ガール」はニューヨーク・マンハッタンの富裕家庭に育つ高校生たちの奔放な生活を描いた。全米の3人に1人が視聴したといわれる大ヒット作品だ。この高校生の制服はプレッピーで、女優陣の着こなしも視聴者の大きな関心事となった。この「ゴシップ・ガール」のリメイクシリーズがこの夏から米国で放送されている。

 

 

写真

 

 

 旧シリーズに比べ人種的にも、性別のあり方も多様になり、より過激な「Gen Z」高校生の生活を描いている。ここに登場する高校生は現代風のプレッピーを着こなしており、今の米国のファッションシーンに影響を与えている。

 

 ドラマはマンハッタンでも高級住宅地として有名なアッパー・イーストが主な舞台。ニューヨークのシンボルであるセントラル・パークの東側にある。高級アパートが立ち並び、市民が望めども絶対に手が届かない優雅な生活をしている人々が多く住む。まさに白人が築き上げた富の象徴であり、格差社会の頂点に位置する地域である。

 

 有色人種への差別がはびこる中で「Black Lives Matter」運動などにより、「多様性」への意識が高まった。これに対して保守層が反発し、人種的な対立をあおる過激な主張が社会にあふれる。そんな米国でアッパー・イーストは単なる「憧れの地」ではなくなった。しかし、そうした対立社会をよそに、ドラマに登場するプレッピースタイルが若者たちを魅了する。

 

 コンサバティブなプレッピールックではこれまであり得なかった入れ墨や鼻ピアスをしながらプレッピーを着るという若者もいる。プレッピーブームは、分断社会や既成の価値観を軽くいなして自由な社会を目指す「Gen Z」の自己主張でもある。

 

 

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Taro Yanaka

 街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

 専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

 趣味は世界を車で走ること。

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