食卓に並ぶ魚を捕るために必要な漁業において、必須とも言える存在である漁網。

 この漁網を含めた漁具そのものが昨今海洋ゴミとして問題視されており、問題解決の為WWF(世界自然保護基金)までもが動き出した。

 WWFが行動を開始するその理由を、様々な方面からアプローチしてみよう。

 

 

増える世界の「ゴーストギア」

 米国カリフォルニアとハワイの間に横たわる一帯は「太平洋ごみベルト」というあまりありがたくないあだ名を頂戴している。

 

 文字通りこのあたりは海流の関係で海洋ゴミが集まりやすい海域となっており、流れ着いたそれらは様々な理由で持ち主の手を離れた、あるいは離れざるを得なかった漁具「ゴーストギア(幽霊漁具)」と呼称されている。

 

 ここで使われている漁具という言葉については、漁網釣り具や刺突用の銛、あるいは蛸壺といったものから魚群探知機まで様々な物を含んでいる。

 

 そしてこの太平洋ゴミベルトに漂うゴーストギアの総量は約8万トンという膨大さだ。

 

 その中でゴーストギアの素材となっているものはだいたいプラスチックが多く使われている漁網であり、これは海のプラスチックごみ全体の実に46%を漁網が占めるという調査結果が発表されている。

 

 これだけの漁具がどうして流れ着いているのか、漁具の処理方法から辿ってみる事にする。

 

 

漁網の処理方法と再利用方針

 環境省が定める漁具の廃棄ルールとして、例えば漁船ならば艤装を解除し解体の後に鉄くずや木くず、もしくはカーボン原料となるまで加工が必要となる。

 

 漁網や発泡スチロールの梱包材、貝類などは分別を経て溶融固化されたり破砕を行い、各種原料として再利用される流れとなっている。

 

 今回話題とする漁網の処理に関してのルールを見れば、排出事業者は中間処理をしたりプラスチック加工をする等出来るだけ再生利用を行い不可能な場合は焼却処分とし、可能な限り埋立処分を避ける事が定められている。

 

 焼却の為には専用の焼却施設を設け、仮に埋立処分するとしても付着物を除去した上で15cm以下に裁断する事が条件とされている。

 

 ここで言われている付着物とは主に貝殻や海藻、砂や塩といったものである。

 

 こういった手順を経て、初めて漁網の処理が行われる様になっている。

 

 廃棄された漁網については縫製して防獣・防鳥用ネットとして使用される他に各種マテリアルとしても再利用される事になる。

 

 主な材料がポリエチレンやナイロン等の化学繊維である為、プラスチックとして再生される事も多い。また総量としては多くないもののリングやシャックルといった金具も使用しており、こちらは金属素材として再利用される。

 

 適切な処理が行われれば再利用・再加工する事も可能な器具がなぜ大量に漂着しているのか。そこには幾つかの要因が考えられる。

 

 

消極的な処理方針と違法操業と漁網の性質

 まず第一は漁網の処理そのものの問題だ。先程例示した漁網の廃棄ルールにある通り、場合によっては漁網の裁断や付着物の除去といった作業が必要となる。

 

 それでなくとも大量に水分を吸った重量物である漁網を扱うともなれば、それを陸揚げし処理を行うだけでも重労働となる。

 

 処理の際に取り除いた付着物の処理も同時に行わなければならない上に、漁網とは文字通りの網であり相互に絡み合ったものを解かなければならない。

 

 こういった処理のために漁港の一角を漁網処分の為のスペースとして取らざるを得ないという状況は漁業関係者に取って頭の痛い問題であろう。

 

 また自己処理ではなく業者に処理を委託する手を取ったとしても、中国の廃プラスチック類輸入規制等もあって費用が高額となったり、あるいは委託可能な処分業者そのものが数の不足により選定困難となるケースも発生している。

 

 この状態では漁網を含めた漁具の不法投棄や不適正処理が行われてしまうのも、その処理の負担を考えれば想定されて然るべきだ。

 

 第二により深刻な問題として、WWFが「IUU漁業(違法・無報告・無規制漁業)」として定義している問題ある漁業行為が挙げられるだろう。

 

 水産資源を巡る漁業問題は度々話題にされているが、そういった問題行為に手を染める漁業者は許可されていない水産品を持ち込むだけではなく痕跡を消すために漁具を投棄する事も厭わない。

 

 また漁獲量の過小報告、あるいは無報告等で度重なる出漁が続けばその分だけ使用された漁具は破損し廃棄されるまでのライフサイクルが短くなっていく。

 

 漁具が破損した際に、果たしてこういった漁業者が正規の手続きを経て処分を行うかについてはやや懐疑的にならざるを得ない。

 

 第三は漁網そのものの性質による所が大きい。現在使われている漁網の大半はハイゼックスやナイロン、テトロンといった合成繊維が材料となっており、これらは海中にあっても腐敗しにくいという特徴がある。

 

 また網そのものの強度も非常に強靭であり、一部が破れて使い物にならなくなった状態であっても強い張力に耐え得るだけの頑強さはそのまま保持されている。

 

 これ以外のマイクロプラスチックと呼ばれる微小なプラスチック片についても、その材質故に非常に分解されにくい。

 

 この海に流れても溶けない高い耐腐食性を持つ故に、一度海洋に流出してしまえばゴミにしかならない状況になってしまっているのである。

 

 

動き出したWWF

 海洋ゴミのリサイクルについては例えば日本であるなら「アライアンス・フォー・ザ・ブルー」という一般社団法人と日本財団が共同でリサイクルから製造まで請け負う連携活動を行っている。

 

 そんな中でWWFがこの活動に対して強い意欲を示しているのは、海洋ゴミの中でも特に漁網について遺棄状態の被害が甚大なものとなっているからである。

 

 漁網は先述した通り非常に強靭かつ耐腐食性に優れているが、穴が空いてしまったり酷い時化に見舞われたりといった様々な理由で遺失してしまう。

 

 そして海中を漂う漁網は遊泳中の海洋生物に絡まり致命的な事故を引き起こしたり、あるいは航行中の船舶に絡まり事故の原因となったり、またサンゴ礁に漂着し窒息させてしまう等の被害を与えるといった悪影響を及ぼしてしまう。

 

 もちろん生分解性プラスチックを用いる事をWWFは提唱しているが、耐腐食性を敢えて捨てている素材を漁網に使用する事は現実的ではない。

 

 そのためWWFの方針としてはメーカーに追跡可能な漁網の生産を呼びかけると共に、政府に対しては漁具の管理や条約の設立を訴えている。

 

 

リサイクル企業「TerraCycle」がパートナーへ

 日本の支部組織であるWWFジャパンはテラサイクルジャパン合同会社と2021年8月3日より連携のための基本合意を締結している。

 

 テラサイクルジャパン合同会社は米国のTerraCycleというリサイクル企業の日本法人として設立されており、2019年には伊藤忠商事ともリサイクル部門で直接提携を行っている。

 

 TerraCycleは米国内では廃棄物回収業者の一つという位置づけであり、自社で開発した「Loop」というシステムを用いた食品パッケージリサイクルの分野で注目を集めている。

 

 一方世界では20ヶ国に回収可能な拠点を備える子会社を擁しており、様々なゴミの回収・リサイクルサービスを手掛けているグローバル企業としての側面も持っている。

 

 中でも注目されているのはTerraCycle Global Foundationが2018年から取り組んでいるタイの河川の汚染に対する取り組みだ。

 

 多数の海洋ゴミを海に流出する前に回収する独自の「River Trap」という器具を開発し、これまでに一週間あたり5トンもの海洋ゴミを回収する事に成功している。

 

 またTerraCycleは海洋ゴミを用いてリサイクル製造を行ったシャンプーボトルの開発や販売、資材を再利用した石鹸の開発なども行っている。

 

 こうした活動により様々な企業とのパートナーシップを結んでおり、日本でも馴染みのあるユニリーバ(Unilever)やボシュロム(Bausch + Lomb)、P&G(プロクター・アンド・ギャンブル)等の企業が名を連ねている。

 

 いずれも廃容器のリサイクルや、先述したシャンプーボトルの販売といった活動で米国で高い評価を得ている新進気鋭のリサイクル企業である。

 

 そして先述したLoopのサービス拡充の為、2020年12月に2500万ドルもの資金調達を行った事は注目に値するだろう。

 

 

WWFジャパンとテラサイクルジャパン合同会社の二人三脚

 本来ならば大本のWWFとTerraCycle同士が連携する事も出来るであろう状態で、敢えての日本法人同士が基本合意の締結に至った理由は幾つか考えられる。

 

 まずWWFジャパン側としては、現在も進行している問題である漁網に対する具体的な取り組みの成果を欲しているからであると考えられる。

 

 発行された報告書『ゴーストギアの根絶に向けて~最も危険な海洋プラスチックごみ~』内で報告されているゴーストギアの発生地が日本には確認されておらず、報告自体がされていない可能性も含めて取り組みの成果を裏打ちする要素が必要な状況となっている。

 

 またWWF側として現在も問題視している捕鯨行為等について、調査捕鯨を行っている日本の環境問題の解決に取り組む事を足がかりに発言力の強化を行いたいという意図もあるのではないだろうか。

 

 次にテラサイクルジャパン合同会社がこの連携に対し得られるメリットを挙げてみる事にする。

 

 第一はTerraCycleがタイにおける海洋ゴミ回収にて実績を挙げている「River Trap」の実証実験と売り込みだ。

 

 もちろんタイにおける取り組みが小さいものではないにせよ、日本は水産資源を活用する先進国として広く知られている。

 

 日本の様々な自然環境に対応できる海洋ゴミ回収システムの開発が進めば、将来的にTerraCycleの海洋ゴミ回収事業に大きく寄与する物と思われる。

 

 第二に知名度の向上による、テラサイクルジャパン合同会社が推し進めている事業の社会的認知の向上である。

 

 先述したTerraCycleが伊藤忠商事と提携を行い、日本に「Loop Japan合同会社」という企業を設立している。

 

 これはTerraCycleが開発した食品パッケージのリユースシステムであるLoopを日本国内で実施する為に設立された。

 

 現在ではイオンの一部店舗やバーガーキングで使用される食器等にその対象が絞られているが、事業の認知度が上がれば自然とパートナーシップを結ぶ企業も増えていくだろう。

 

 連携対象がWWFジャパンという国際NGOとして有力な団体であり、基本合意を締結したという事そのものに箔としての価値がある事もまた明白だろう。

 

 第三は上記二点を合わせた再生製品について、生産体制と販路の設定がおおよそ済んでいる可能性があるという点だ。

 

 先に記載した通り、漁網の処理が進まない一因として自己処理、委託処理を問わず費用がかさんだり、処理業者の選定から上手くいかないといった状況が挙げられる。

 

 ここにテラサイクルジャパン合同会社を中心としたリサイクル業者が「ローコストかつ信頼できる漁網処理の事業者」として参画した場合、廃棄に手間取っている漁業関係者にとっては願ってもない一助となるのは想像に難くない。

 

 本体であるTerraCycleが海洋ゴミのリサイクルにおいて積極的な活動や研究・開発をしている以上、処理コストという面からアプローチを掛けて来る可能性は十分に考えられる。

 

 また先程取り上げたLoopの様にリサイクル製品の流通チャネルは既に持っている為、既存のリサイクル容器と遜色がない製品をより低価格で流通させる事が出来れば売り込み先の事業者も自然と増えていく。

 

 一定の調達・生産体制と供給先が既に設定出来ているからこそ、テラサイクルジャパン合同会社はわざわざ漁網という海洋ゴミとして最大規模の難題について取り組もうとしているのだろう。

 

 サステナビリティ(持続可能性)のある開発が叫ばれる昨今、リサイクルという言葉もまたこれまで以上に注目される様になっている。

 

 今回締結されたWWFジャパンとテラサイクルジャパン合同会社という二者の連携が、国内のリサイクル事業市場にどの様な影響を与えるのか。

 

 今しばらくは目の離せない状況が続くだろう。

 

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写真R.Ichimura
 IRuniverse取材記者、フリーランス取材記者

 東京都郊外在住。元新聞社所属で、主にVRやバーチャルYoutuberといったサブカルチャー界隈に軸足を置いて取材活動を行っている。

 

 神社巡りなどの散歩や食べ歩きや音楽鑑賞など他に、動画制作も趣味としている。
  *VR系イベントやxR領域での取材やイベントのお話を頂ける場合は、MIRUの「お問い合わせ」フォーム又はお電話よりお問い合わせください。
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