新型コロナウイルスによるパンデミック宣言がなされてから1年以上が経過したが、未だ、世界的にこの騒動が収束する様子はない。今回の出来事によって、マスクの需要は全世界で激増した。これは特に、これまでは医療従事者や特定の職業に就く者を除き、マスクを付ける習慣の皆無だった多くの諸外国にとっては、相当大きな生活様式の変化だったことだろう。勿論国によって程度や規制に差はあれど、人々の生活に、習慣としての、あるいは義務としてのマスク着用が浸透してから1年以上が経った今、“廃棄物”としてのマスクに関する研究も少しずつ進展を見せているようだ。

 

 2021年6月発行の科学ジャーナル「Chemosphere」(Vol.272)には、“The COVID-19 pandemic face mask waste: A blooming threat to the marine environment”という、使い捨てマスクが海洋の生態系に与える影響に関する論文が掲載されている。概要部分に目をやると、「大抵の場合、フェイスマスクは石油由来の再生不可能なポリマーで作られており、生分解性がなく、環境にも有害で、健康上の問題もある」と定義され、また、「一般市民が医療廃棄物としてマスクを適切に廃棄するための厳しい規制を課すことが、政府部門にとっての大きな課題となっている」と述べられている。

 

 では、こうした使い捨てマスクの廃棄量は、現在どの程度なのだろうか。豪ABCニュースの8月9日の記事には、南デンマーク大学の研究者らの新調査の結果が紹介されているが、当記事によると、毎分、世界中で300万枚の使い捨てマスクが捨てられており、月単位で見ると、埋立地行きとなる使い捨てマスクの量は1,290億枚/月にも上るとのこと。さらに、こうした使い捨てマスクはポリプロピレン、ポリエチレン、ビニールなどから作られているため、(適切に廃棄されず?)環境中に落とした場合には、分解されるまでに、なんと最大450年かかると言われているというのだ。

 

 さらに、同記事によると、適切に廃棄されず道端に投げ捨てられたマスクは、最終的に水路に流れ込む可能性が高いという。また、PPE機器やマスクを積んだコンテナが漂流し、海岸や水路に打ち上げられた例も複数あるそうだ。豪州の海岸線では、こうしたマスクを清掃するボランティア活動も行われているとのこと。

 

 水路や海に行き着かない場合でも、(あるいはゴミ箱に適切に捨てたとしても?)、野生動物への配慮も必要だ。マスクの紐部分は脅威となりうることから、“紐部分を切ってから廃棄しよう”といった声が聞こえてくるようになったが、これは、小さな野生動物が紐部分に引っかかって転倒したり、あるいは紐部分の絡まりによって身動きが取れなくなったりすることのないようにという配慮から来ている。

 

 こうした、“適切な廃棄”を促す声と同時に、業界では、“再利用可能なマスク”の開発に向かっている様子も見られる。

 

 マサチューセッツ工科大学(MIT)では、医療従事者のマスク使用に焦点を当てた研究が行われているが、この研究チームによると、再利用可能なマスクを採用することで、経済的な負担と環境的な犠牲の双方を劇的に減らすことが可能であるという。同大学のHPによれば、「医療従事者が通常のN95マスクを1日以上着用できるように除染することで、患者と接するたびに新しいマスクを使用する場合に比べ、コストと環境への負荷が少なくとも75パーセント減少する」とのこと。

 

 同チームの目指している“再利用可能なN95マスク”とは、シリコン製のN95マスクを指す。これは、シリコンゴム製のマスク本体にN95フィルターを内蔵することで、使用後に熱や漂白剤で滅菌して再利用することが可能というもの。まだ市販には至っていないが、開発が進められている。

 

 具体的には、同チームはTeal Bioという会社を立ち上げ、現在さらなる改良とテスト、大量生産の方法の開発に取り組んでおり、今年後半には、このマスクに関して規制当局による承認を求めることが目指されているとのこと。ただし、同チームは開発を急ぐ一方で、除染システムがフィルタリング能力を損なわないかどうか、つまり再利用してもマスクの有効性が保たれているかという点には細心の注意が払われなければならないとしている。

 

 なお、これとは別に、ボストンのMGHやBrigham and Women's Hospitalなど、一部の病院では、過酸化水素の蒸気でマスクを殺菌する除染システムがすでに導入されているという。この方法でも、1枚のマスクを数日間着用することができるようになったそうだ。

 

 MITチームの分析結果によると、パンデミックの初期6カ月間(2020年3月下旬から2020年9月下旬)に、米国のすべての医療従事者が患者ごとに新しいN95マスクを使用していた場合、必要なマスクの総数は約74億枚、コストは64億ドルであったと推測され、これは廃棄物量としては、8,400万キログラム。これに対し、過酸化水素や紫外線で除染したN95マスクを医療従事者全員が再利用できていれば、コストは6カ月間で14億〜17億ドル、廃棄物は1,300万〜1,800万キログラムに抑えられていたであろうとされている。

 

 開発中の再利用可能なシリコン製N95マスクを導入できれば、これらの数字はさらに削減できる可能性があり、特にフィルターが再利用可能であればなおさらである、とのこと。マサチューセッツ総合大学の医師で本研究チームのJacqueline Chu氏は、「マスク着用は当分の間続くのですから、マスクの使用に持続可能性を取り入れることは、医療廃棄物の原因となっている他の使い捨ての個人用保護具と同様、非常に重要です」と語っている。

 

 使い捨てマスクを含めた医療用途のプラスチック製品を埋立地行きから回避させようとする動きは、他にもある。例えば、グローバル・シティズン紙が7月29日に伝えているところによれば、イギリスやインドには、プラスチック製PPEを工具箱やレンガなどに再利用する方法を検討している企業があるという。

 

 その中で紹介されているウェールズのThermal Compaction Group社は、大型冷蔵庫ほどの大きさの機械で、病院のガウン、マスク、ヘアネット、トレイラップ、病棟カーテンなどを溶かして、プラスチックのレンガにしているそうだ。機械の中は摂氏300度と高熱なため、COVID-19などの病原菌は死滅するとのこと。すでに英国の5つの病院で使用が開始され、さらに注文は増えているという。

 

 インドの試みしては、起業家のBinish Desai氏が紹介されていた。2016年にEco-Eclectic Technologiesを設立した同氏は、PPEを灰色のレンガや建築用パネルに変えて、低コストの住宅や学校を建設する試みを行っているそう。

 

 なお、同記事には、再利用可能なPPEを発明したメキシコの起業家Tamara Chayo氏も紹介されているが、自身の家族の大部分が医師や看護師であると言う同氏の、「彼らは、自分たちは人間を救っているが、地球を救っているわけではないと考えています」との発言は興味深い。同氏は、使い捨てのPPEは環境破壊を引き起こすだけでなく、プラスチック上で最大3日間生存するウイルスを拡散させる可能性があることを指摘し、警鐘を鳴らしている。

 

 

(A.Crnokrak)