新型コロナウイルスの封じ込めにおいて、これまで優等生とされてきた豪州は、ここにきて、デルタ株の脅威に晒されている。特にNSW州シドニー及びその周辺は、現在、ロックダウン状態に入ってから約1ヶ月が経ったところである(細かく言えば、州政府は、最初のうちはロックダウンではなく、頑なにstay-at-home orderという表現を用いていたし、また、こうした規制が敷かれた日は、シドニーの中でもエリアによって多少の差がある)。

 

 今回のシドニーのロックダウンは、豪州にとっては、久しぶりの大規模な、そして長期に及ぶロックダウンである。昨年7月から数カ月にわたってVIC州メルボルンが経験した、当時“世界一厳しい”とも言われたロックダウンを乗り越えた後の豪州は、小規模な市中感染が発生するたびに、各州政府が早々に規制を再導入しアウトブレイクの根絶に努めてきた。メルボルンの事例に学んだのであろうか、どの州も、市中で10数件程度の陽性が確認された時点で、あるいは場合によっては2、3件の陽性件数であっても、規制導入や数日間のロックダウンに踏み切っていたように思う。そして、こうした作戦は、少なくともウイルスとの戦いという点においては、これまで成功していた。

 

 しかし、現在のシドニーの様子は、これまでと違う。ここ1週間ほどの陽性件数を見ると、7月22日発表分が124件、23日136件、24日163件、25日141件、26日145件、そして本日27日が172件と、ロックダウン中にもかかわらず、まだ減少傾向にはないことがわかる。参考までに、7月あたままで遡ると、例えば7月1日時点で確認された陽性件数は24件であった(数字は全て、NSW州政府の発表によるもので、前日20時までの24時間のうちに報告された件数)。

 

 現在シドニーがこうした状況に陥っている理由は、主に、デルタ株の感染力の強さ、連邦政府のワクチン確保失敗に起因する国全体のワクチン普及率の低さ、NSW州の初期対応や規制導入の遅さ、そして州のロックダウンの緩さと甘さに見ることができると考えられている。中でも後者2つは、他州がNSW州を非難する格好の材料となっており、最近では、もはやこの国は州ごとに別の国なのではないかと思うほどの対立具合が、連日報道されている。

 

 他州からすれば、NSW州のせいで自分たちの州も、あるいは国全体が脅威に晒されかねない、ということなのだろう。これまでは、早々に州境を閉めることで他州のアウトブレイクに対応していた豪州だが、そうした対策にももちろん限度はあり、今回は、実際にNSW州から、VIC州やSA州などにも感染が拡がってしまった。これら2州もロックダウンを行なったが、本日7月27日、この2州に関してはロックダウンの解除・緩和が発表されたところである。

 

 シドニーのロックダウンは、現時点の公式情報では、“少なくとも7月30日までは継続”とされているが、基本的にウイルス根絶を目指す豪州の方針を考えると、現在の件数では、7月中にこのロックダウンを抜け出すことはまず無理だろう。9月頃までは終わらないという見方が多く、あるいはもっと長く続くとする予測もあるようだ。

 

 ワクチンの問題も大きい。まず前提として、豪州は、初期にアストラゼネカをメインに注文していたため、ファイザーの確保には未だ苦戦していて、充分な供給量にはとても至っていない。アストラゼネカに関しては、血栓の問題が取り沙汰され、複数の国が使用中断や年齢制限を設ける方向に向かいだすと、豪州も「アストラゼネカ推奨は50歳以上、それ以下はファイザー」とする指針を発表。しかし、実際にアストラゼネカ接種後の血栓による死亡例が国内で確認されると、政府は途中から接種推奨年齢を60歳以上へと引き上げた。

 

 この時点ですでに混乱や政府批判の声は強くあったが、そこにデルタ株がやってきたため、リスクとベネフィットを天秤にかけた政府は再び方針を変え、若年層でもアストラゼネカの接種を検討することを勧めると発表。しかしこの、突然とも言えるアストラゼネカ猛プッシュも、最初のうちは政府の中、あるいは州によっても意見が割れていたし、“接種に関してはそれぞれGP(一般医、かかりつけ医)の意見を仰ぐこと”と、まるで最終的にはGPに丸投げかのような姿勢も見られたりして、今回のワクチン接種自体には前向きな国民の中にも、ファイザーが予約できるまで待つべきか、アストラゼネカにするべきか混乱している国民は大勢いるものと思われる(ただし、アストラゼネカの場合でも、予約はだいぶ先まで埋まっているようで、場所によっては数カ月待ちという話も聞く)。

 

 これに加えて、ワクチン接種が進んだ場合のゴールが見えてこないのも、豪州の特徴であろう。すでに諸々の規制を撤廃したイギリスだけでなく、ワクチン接種が進んでいる欧米の多くの国々では、規制緩和や海外渡航の再開が進んでおり、また、シンガポールなども、ワクチン接種率に伴う規制緩和策を打ち出している。それが正しいかどうかはまた別の話だが、こうした諸外国の動き対し、豪州では、ワクチンそのものの効果以外には、接種者にこれといった特権は与えられていないのが現状であり、ワクチンはあくまで感染拡大を防ぎ状況を改善する補助的なツールであるという論調。将来的には隔離の免除やワクチンパスポートなども検討しているようだが、現時点では、ワクチンを打った者から元の生活に戻れるというわけではないため、このあたりも、接種率に影響していることだろう。

 

 ところで、他州からはシドニーのロックダウンの甘さが指摘されていると書いたが、そうであっても、ロックダウンへの一部国民の反発は、やはり大きい。数日前には——これはどうやら世界の多数の都市で同時に行われたようだが、ロックダウンやワクチンパスポートに対する大規模なデモ活動が行われたばかり。このデモが感染のさらなる拡大に繋がる可能性は指摘するまでもなく、悲しいかな、シドニーのロックダウンの終わりは全く見えてこないのが現状だ。

 

 また、シドニー内部でも、地域差がある。今回、最初はシドニー東部で感染が相次いでいたが、現在は西部の一部地域に集中している。東部はいわゆるお金持ちエリアとして知られているのに対して、現在苦しんでいる西部エリアは、移民が主で、在宅勤務が不可能な職種の者も多いとされている。この西部エリアでは、自分のLGA(市町村のようなもの)の外で働く際には3日に1回のPCR検査が義務付けられたり、見張りのため街に多数の警察が配置されたりと、より厳格な措置が導入されている。職を失った者、収入が減った者には政府の補助金が多少出るとはいえ、昨年に比べるとこうした補助金制度も縮小しているとのことで、ロックダウンが長く続けば、国全体の経済的な損失は勿論、個人、家庭単位でも、悲鳴をあげる者が増えてくるのではないだろうか。

 

 以上、大雑把ではあるが、豪州の現状である。日本の報道は勿論、他国の状況を耳にするたび、新型コロナウイルスへの取り組み方が千差万別である様子を、あらためて感じる。究極的な正解はなく、結局は状況次第、バランスが鍵、ということになるのだろうか。

 

 

(A.Crnokrak)