地元産のカキを生で食べないよう行政が住民に呼び掛け、貝料理が名物の大衆食堂からクラム(二枚貝)のメニューが消え、川にはサケの稚魚の死骸が浮かぶ――。水産物をめぐる米国での異変だ。北西部を中心に高温と乾燥が続き、中部にも広がる山火事の炎は一向に衰えない。米国人にとっては燃え上がる炎だけでなく、日々の食生活でも地球の異常を実感する夏となった。

 

 シアトルがある太平洋側のワシントン州では、7月に入って腸炎ビブリオの感染者が相次いでいる。これまでに少なくとも52人が確認された。7月としては記録的な数字だという。原因はビブリオ菌を持つ貝類を食べたことだ。

 

 ビブリオ菌は太平洋の海中に常に存在する。日本でもよくある食中毒だ。

 

 米国では真夏でも生ガキを食べる。日本に比べると緯度も高く、海水温度が低い所があるため、ビブリオ菌が人体に影響を及ぼすほどカキの体内に入り込まないからだ。

 

 ところが今年は、6月後半からワシントン州など米北西部が熱波に見舞われた。シアトルでは6月28日に42.2度を観測し、最高気温の記録を塗り替えた。このため海水温が上昇し、カキが体内にためるビブリオ菌が増加した。ワシントン州関係者は熱波のころが月間での干潮時であったことも、ビブリオ菌が増えた原因だと指摘している。

 

 これを受けてワシントン州は、シアトルの北、カナダとの国境に近いサミッシュ湾のカキを回収した。また消費者に対し、州内で水揚げしたカキを生で食べないように呼び掛けている。

 

 本来なら地場産品をPRする立場の州だが、健康問題となれば方針を変えなければならない。新型コロナウイルスでレストランは営業規制を強いられ、水産業者も出荷量に減少に追い込まれた。熱波によるビブリオ菌の増加は関係業界に追い打ちをかけた。

 

 ワシントン州は「貝類安全マップ」をネット上で公開し、どこで水揚げされた貝類がどういう状況にあるのかなどを住民に伝えている。

 

 貝の異変は、太平洋側だけではない。反対側の大西洋側でも起きている。

 

 貝類やロブスターなどの有名産地である米東部ニューイングランド地方では、貝類の価格が急騰し、一般市民の口に入りにくくなっている。

 

 ロードアイランド州にある老舗レストラン、フロズ・クラム・シャックは、フライド・クラムが人気料理だ。「クラム・シャック・スタイル(貝小屋式)」の大衆店で、数あるシーフードレストランの中でも、この店のフライド・クラムは一目置かれている。ところが、この店のメニューからフライド・クラムが消えた。原料のクラム価格が高騰し、仕入れが困難になったからだ。

 

 フライド・クラムは米国の揚げ物料理の代表格だ。特にニューイングランド地方は、フライド・クラムにこだわりがある。フロズがフライド・クラムの提供を一時、取り止めたことは地元メディアだけでなく、高級紙といわれるワシントン・ポストも取り上げた。

 

 水産物であるため、クラムの価格は常に変動しているが、この夏の跳ね上がりぶりは、この45年間、経験をしたことがないレベルだという。

 

 昨年7月のクラムの仕入れは1ガロン(4.4リットル)あたり140ドルだったが、今年は225ドルになったという。この価格で仕入れて顧客にフライド・クラムを提供するとなると、小さいサイズでも1皿40ドル(4400円)にもなってしまうという。

 

 このところの材料価格の上昇で、1皿あたりのメニュー価格は1皿25ドル(2750円)まで値上げをせざるを得なくなっていた。フロズとしては、さらなるメニュー価格の変更はとてもできることではないと判断し、看板メニューの提供を止めた。

 

 今年のクラムの値上がりは、新型コロナへワクチン接種の広がりで急速に経済が動いたことによる人手不足やガソリン高などの要素もあるが、赤潮や気候変動によるところが、根本的な原因であるという。

 

 ニューイングランド地方でフライド・クラムに使われる貝は「ソフトシェル・クラム」と呼ばれる二枚貝だ。貝から出る水管が比較的長く、殻が割れやすいのが特徴だ。

 

 このソフトシェル・クラムは海中環境の変化に影響を受けやすく、猛暑による海水温の上昇で死滅し、ここ数十年、生息数が減り続けているという。

 

 ソフトシェル・クラムの水揚げ量で全米トップのメーン州では、昨年の水揚げ量はこの90年で最低を記録した。2016年の調査では、それまでの40年でソフトシェル・クラムの水揚げ量は75%減少しているという結果が出ている。

 

 ニューイングランド地方を代表するもうひとつの水産物、ロブスターも水揚げ量の減少などから価格が跳ね上がっている。ゆでたロブスターをマヨネーズなどであえて、ホットドックのパンではさんだロブスターロールは、夏の人気のファストフードだが、今年は1個34ドル(3740円)程度にまで値上がりしたことを、ニューヨーク・タイムズが伝えていた。

 

 川では、水温の上昇でキングサーモンの稚魚が死んでいる。カリフォルニア州からカナダまでの広い範囲で被害が深刻となっている。

 

 乾燥による水不足で川の水が生活用水や農業用水に使われる度合いが多くなると、川の水が細り、水温が上がり安くなる。

 

 このため漁業関係者はキングサーモンの稚魚を捕獲し、トラックに積んで水温の低い川に移動させるなどの対策を講じている。

 

 漁獲量の低迷と生産コストの高騰は避けられず、今後、サケの価格は跳ね上がる可能性が高い。

 

 

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Taro Yanaka

 街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

 専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

 趣味は世界を車で走ること。

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