英国政府は原子力発電を含む、あらゆる電力プロジェクトから中国国有の原子力発電会社を排除する検討に入ったと、7月25日付の英有力紙『フィナンシャル・タイムズ』が伝えた。香港の自治侵害や新疆ウイグル自治区における中国政府の人権問題を非難する英国政府。対立激化の影響がエネルギービジネスにも及び始めた。(写真はYahoo画像から引用)

 

 同紙の報道によると、英南東部のエセックス州に位置するブラッドウェル原子力発電所で中国広核集団(CGN)の排除が検討されているという。この原発は、中国が自主開発した新型原子炉「華龍1号」(最大出力は100万キロワット)で、実現すれば、先進国の中で英国が中国の原子力技術を導入する初のケースになるとされていた。

 

 まず、英中間の原発ビジネスをめぐってはキャメロン、メイ両政権時まで遡ってみる必要があるだろう。

 

 「これが私のやり方」。新首相に就任した直後のテリーザ・メイ氏は2016年8月、英中間で合意した原子力ビジネス案件を振り出しに戻す意向であることを表明した。キャメロン前政権時、英中関係について、中国の習近平国家主席が「黄金時代」としていただけに、メイ発言は周囲を驚かせた。

 

 メイ政権は2016年7月28日、エネルギー分野で仏電力公社(EDF)が計画する英南西部のヒンクリー・ポイント(HP)原子力発電所の新設事業にかかわる最終承認で「(16年の)秋口まで先送りする」と発表。この事業には中国企業が資本参加しており、政権中枢には当初から国の基幹産業に中国が関与することを懸念する声が根強かった。

 

 『タイムズ』など英メディアは一斉に「現政権はHPプロジェクトの推進が国益にかなうのかを判断するには時期尚早」と報じた。英政府の延期表明から僅か数時間前、EDFはHP原子力発電所への投資を最終決定したと正式発表した矢先のことで、まさに青天の霹靂だった。

 

 キャメロン政権時、2015年10月の英中首脳会談で、両国は総額400億ポンド(当時のレートで約7兆4,000億円)とされる大型投資・経済案件で合意した。当時、国家規模の「曝買い」に世界中のエネルギー関係者や投資家らが目を見張った。投資額の多寡というよりも商談の中身、とりわけ、対中原子力ビジネスに対する懸念だった。

 

 この首脳会談では、中国が独自に開発した原子炉技術を英原子力発電所で導入することや、EDFが新設するHP原発計画(総額180億ポンド)に中国広核集団(CGN)が60億ポンドを投資することで合意。原子力ビジネス関連の商談はこれだけに留まらず、EDFが英東部のサイズウェルに建設を予定する加圧水型原子炉(EPR)2基についてCGNが20%出資することも決まった。そのほか、エセックス州のブラッドウェルに建設予定の原発にCGNが全体の3分2を出資することでも合意した。英原発事業で中国依存が極めて高まる内容だった。

 

 中国は当時、原子力協力の分野でフランスの取り込みにも成功した。英国の原発案件でEDFと提携したほか、経営難に陥っていた仏原子力大手アレバの経営にも積極的に食い込み、2015年11月2日に中国核工業集団(CNNC)と資本関係を締結することで合意した。

 

  「中国一辺倒」とも受け取られる商談内容に対し、英国民らの反発を招いたことも事実だった。特に原子力発電所の案件で危惧の念を示した人たちが少なくなかった。中国の技術力に対し、安全対策や事故対応がどこまで信用できるかを疑問視する声が強く、原子力発電所がテロリストの標的になる可能性が増すとの指摘も目立った。

 

 さらに、英中関係が悪化した場合、英原発のオペレーションを中国が遠隔操作することによって、国家安全保障上の危機管理も問題視された。結果的に、こうした声は当時、ビジネス最優先のキャメロン首相の耳に届かなかったようだ。

 

 メイ政権は当時、HP原発事業の最終承認を先送りしたが、承認そのものを取り消したわけでなかった。承認先送りが、英国の中国依存からの脱却に根ざしたものかどうか、はっきりしなかったため、様子を見るとの判断だった。英国は欧州連合(EU)からの離脱問題で国を二分する渦中にあった。Brexitの混乱は、圧倒的な資金力で英国での原子力ビジネスを牛耳ろうとする中国に好都合だったのかもしれない。

 

 EU離脱をめぐる対応で国民の不評を買ったメイ首相は2019年7月に辞任。ジョンソン現政権が引き継いだ。対中強硬派で知られるジョンソン首相は現時点で一歩も引く様子はない。英国ではすでに、エネルギー分野以外でも中国企業の排除を進める。中国の通信機器大手である華為技術(ファーウェイ)の排除も決定した。

 

 安全保障を重視する英国は、テクノロジーやインフラなどの国内基幹産業への中国企業の接近に神経質となっている。英国は今後も対中強硬姿勢を貫く米国に歩調を合わせることになるだろう。

 

在原次郎

Global Commodity Watcher