ドイツとロシアを結ぶガスパイプライン「ノルド・ストリーム2」(NS2)完工を目前に、新たな動きが出てきた。米国とドイツの両政府はこのほど、共同声明を発表し、米国がこの計画を事実上認める一方、NS2完成でロシアからのガス供給途絶や通過料の減収などへの懸念が増すウクライナをドイツが支援することで合意した。長年の対立に終止符を打ったとの見方が広がるものの、米国同様にNS2計画に反対してきたウクライナやポーランドは合意内容に不快感を露わにしている。(地図はガスプロムの公式ホームページから転載)

 

 NS2は、バルト海沿岸のウスチ・リガ(ロシア・レニングラード州)とドイツ北部のグライフスバルトを結ぶ、全長約1,200キロメートルに及ぶ天然ガス海底パイプライン・プロジェクト(地図の点線部分)である。この事業には当初からEngie、Uniper、OMVなどの欧州エネルギー企業が共同で建設工事に携わってきた。ロシアによるエネルギー地政学リスクの増大を懸念する米国をはじめ、ウクライナ、ポーランドなどが一貫して建設反対の意向を示してきた。

 

 米上院は今年1月1日、2021会計年度の国防予算の大枠を定める国防権限法を賛成多数で再可決した。米下院も昨年12月末に再可決済みだったが、トランプ前大統領が拒否権を発動していたため、再可決となった。法案にはNS2も制裁対象に含まれていた。

 

 当時、米上院外交委員会に所属する共和党のテッド・クルーズ上院議員(テキサス州選出)は公式ホームページで「ロシア主導のNS2プロジェクトは米国の国家安全保障を脅かすものであり、これを完成させてはならない」と強調。また、民主党のジーン・シャヒーン上院議員(ニューハンプシャー州選出)も「ロシアがウクライナと欧州のエネルギー自給を脅かしている」と警告するなど、超党派の議員たちがロシアを牽制してきた。

 

 ロシアへの経済制裁を強化する一方、米国はロシア周辺国とエネルギー分野での関係強化を図った。2014年のロシアによるクリミア併合以降、ロシアからの天然ガス依存脱却を急ぐウクライナ政府は昨年5月末、米ルイジアナ・ナチュラルガス・エクスポーツと液化天然ガス(LNG)輸入合意にかかわる覚書(MOU)を閣議決定した。ウクライナは今後、米国産LNGを年間ベースで少なくとも55億立方メートル分を輸入することになった。

 

 一方、ロシアはノルド・ストリーム2の完工を見据え、天然ガス関連施設の建設にかかわる計画を発表するなど、粛々と敷設事業を進めてきた。欧州のエネルギー専門誌などの報道によると、NS2建設工事は99%完成しているという。ロシアのエネルギー大手であるガスプロムによると、新たな天然ガス複合施設はノルド・ストリーム2の出発点であるウスチ-リガに建設されるという。天然ガス処理能力は年間450億立方メートルで、ロシア最大級の規模だ。また、LNGプラントのLNG生産能力は1,300万トン/年で、稼働後にはエタンや液化石油ガス(LPG)などを生産すると表明済みだ。

 

 こうした状況下、バイデン米政権はNS2問題を解決するため、水面下で工作に乗り出したとされる。このまま強硬姿勢を貫き通せば、時間の経過とともに、近くNS2は完成し、稼働を開始する。そうなれば、米国はロシアにとどまらず、ドイツとの関係もさらに悪化させてしまうことになる。現段階でNS2計画を容認すれば、国家歳入の多くを石油と天然ガスのエネルギー資源に依存するロシアに貸しをつくれるとともに、ロシアと中国との蜜月関係に楔を打ち込めるとの判断が働いたとの見方が一般的だ。米国の計画容認は対中政策の一環でもあるというのだ。

 

 6月14日、ベルギーのブリュッセルで開催された北大西洋条約機構(NATO)首脳会議に出席し、欧州重視の姿勢を再確認したバイデン政権は、ドイツとの関係修復を急いだようにみえる。バイデン大統領はその後、6月16日にロシアのプーチン大統領とスイスのジュネーブで初の首脳会談に臨んだ。さらには、退任間近のメルケル独首相を招き、7月15日にホワイトハウスで米独首脳会談を開催した。席上、NS2問題が主要な議題の一つであったことは言うまでもなかった。

 

 一連の動きについて、ワシントン在住のある政治アナリストは「突然思い付いた行動ではない。バイデン氏は今年5月、NS2事業会社などへの制裁見送りなどを表明しており、建設工事を事実上、容認していた。用意周到なシナリオに基づき、交渉が進められたとみるべきだ」と評価する。

 

 他方、米独の合意を受け、ウクライナとポーランド両政府は7月21日、ウクライナのドミトロー・クレーバ外相とポーランドのズビグニェフ・ラウ外相が共同声明を発表。NS2がウクライナや中欧全体に対する政治、軍事、エネルギー面の脅威を生み出すものと批判した。

 

 ウクライナのマルチメディア報道プラットフォーム『UKRINFORM』(7月22日付)によると、ウクライナとポーランドの両国は「今後もNS2使用開始を阻止すべく同盟国・パートナー国とともに作業をしていく」とし、米独に対して「ロシアが唯一の利益享受者となっている同地域における安全保障上の危機に対して適切に対応するよう要請した」と伝えた。

 

 米歴代政権が一貫して反対してきたNS2計画。今般、バイデン大統領の働きかけで対立の構図に終止符が打たれた。米独間でロシアがウクライナへのガス供給停止に踏み切った場合、ドイツは制裁措置を講じることで合意したものの、ロシアがウクライナに圧力をかけない保障をどこまで担保できるのか。また、対ロシアよりも対ドイツに対する欧州各国の不信感など、一見落着とは言い切れない部分もある。

 

 ホワイトハウスは7月21日、バイデン大統領がウクライナのゼレンスキー大統領をホワイトハウスに招き、8月30日に首脳会談を行うと正式発表した。ウクライナ側に理解を求めるとみられている。

 

 

阿部直哉

 Bloomberg News記者などを経て、Capitol Intelligence Group(ワシントンD.C.)の東京支局長。主な著書に『コモディティ戦争―ニクソン・ショックから40年―』(藤原書店)、『ニュースでわかる「世界エネルギー事情」』(リム新書)。