映画やドラマではよく見かけるが、実生活で一般人になじみのないのがボディガードだ。そのボディガードの世界市場で、がぜん注目されているのが南米・コロンビアの退役軍人たちである。卓越した軍事技術を持ち合わせ、ボディガードに留まらず、世界の紛争地に外国人の雇い兵として赴く。闇社会にも姿を現し、ハイチのモイーズ大統領暗殺事件では26人のコロンビア人が関与し、うち少なくとも17人は退役軍人だった。

 

 コロンビアでは、政府と左翼ゲリラ「コロンビア革命軍(FARC)」の内戦が半世紀以上続いた。2016年に歴史的な和平合意に至ったが、FARC側は武装闘争への復帰を宣言し、終わりのない戦いになっている。また、麻薬密売グループが暗躍するなど、組織犯罪との戦いは日常茶飯事だ。

 

 誘拐、暗殺、ハイジャック、テロ、掃討作戦、銃撃戦・・・。政府軍は多様な戦いを強いられている。

 

 だからこそコロンビア兵士は鍛えられている。米国との軍事協力で米軍から指導を受ける機会も多い。国軍兵士の戦闘能力、統率力は世界的にもハイレベルだ。

 

 地理的な要因もある。コロンビアはカリブ海と太平洋に面している。内陸に目を向けると5000メートル級の高山が点在する。さらに内陸にはアマゾンの熱帯雨林がある。

 

 血塗られた歴史だけでなく、厳しい自然環境がコロンビア国軍兵士の「実力」をいっそう向上させている。

 

 コロンビアは、南米の中では経済発展は進んでいる方だが、退役後の兵士たちの生活は楽ではない。現役時代の階級によっても違うが、退役後に支払われる年金は1カ月325~650ドル程度だ。一般的な兵士は20歳前後で入隊し、20年ほど軍で働き、40歳前後の比較的、若いうちに退役するのが「通常のパターン」だといわれている。

 

 子供がまだ小さいという元兵士もいる。通常の仕事を探さねばならないが、簡単には見つからない。海外のセキュリティー会社から声がかかれば、二つ返事だ。

 

 そうしたセキュリティー会社の中には、ボディガードだけなく、紛争地などに戦闘要員を送り込む「裏の稼業」に携わる組織もある。少々、危険でも自分のキャリアを生かせるならと元兵士たちはその世界に足を踏み入れる。

 

 長引く内戦などでコロンビア政府は国軍強化を常に意識してきた。そのため人員も豊富で「無尽蔵の兵士のプール」といわれている。兵士数は30万人に近い。

 

 このため毎年1万~1万5000人が退役する。国軍としては、退役兵士の面倒を見るのも仕事のひとつだが、仕事先をコントロールすることは不可能となっている。

 

 コロンビア当局によると、ハイチのモイーズ大統領暗殺に関与した元兵士を雇用したセキュリティー会社は4社あったという。報酬は1人あたり1カ月2700~3500ドル程度とみられる。人によっては年金の10倍になる。

 

 暗殺に関与した元兵士らはハイチと陸続きのドミニカ共和国に空路で入り、陸路でハイチ入りした。家族には大統領の警護だと話していた元兵士もいた。地元メディアによるとモイーズ大統領は12発の銃弾を浴び、目をくりぬかれていたという。ハイチ系米国人も逮捕され、首謀者の存在も明らかになってきたが、残虐行為の真の黒幕や、犯行動機などは不明のままだ。

 

 世界のセキュリティーサービス市場は2025年には1670億ドル(18兆3700億円)に達するといわれる。新型コロナウイルスの影響で、世界は混沌となり、より不確実性が高まった。身の安全、組織の安全にカネをかける傾向は強まっている。貧富の差が広がる中で、この傾向は加速するとみられる。

 

 一方、外国人雇い兵についての世界規模のマーケット調査は存在しないといわれる。闇の部分が多いからだ。もちろんセキュリティーサービス産業は、正当なマーケットだ。しかし、ほんの一部に、正当な世界と闇の世界を行き来する勢力がある。コロンビアの元兵士は生活のために、その境界をまたいでいる。

 

 ニューヨークタイムズ紙は2011年5月、米国の民間軍事会社、ブラックウォーターがアラブ首長国連邦(UAE)に、コロンビアの元兵士を送り込んでいることを報じた。UAEの資産を守る任務に就くためだった。

 

 また同紙は、2015年11月、イエメン内戦をめぐり、UAEが秘密裏にコロンビアの元兵士をイエメンに送り込んでいると報じている。

 

 コロンビアの元兵士たちは、たとえ現地で死亡しても、「当局は一切関知しない」という扱いをされている。

 

 外国人雇い兵は「英語使い」「ロシア語使い」「スペイン語使い」の大きく3つに分けられる。コロンビア元兵士は「スペイン語使い」グループの最前線にいる。

 

 フランスのメディア、フランス24は最近の動きとして、米国、英国、フランス、ベルギー、デンマークの専門会社がラテンアメリカ諸国やジンバブエ、ネパールなどから雇い兵をリクルートしていると報じている。

 

 雇い兵市場も多様性の時代に入ったようだが、コロンビア元兵士への「信頼度」は群を抜いている。

 

 

***************************

Taro Yanaka

 街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

 専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

 趣味は世界を車で走ること。

***************************