中米のキューバで11日、大規模な反政府デモが起きた。言論統制の厳しい社会主義国のキューバでは極めて異例のことだ。首都ハバナなど、少なくとも7都市で自由を求める市民の声がとどろいた。新型コロナウイルスの感染拡大で主産業の観光業が壊滅的な影響を受け、市民生活が悪化したことが要因だ。カリブ海諸国ではキューバの南東にあるハイチで、大統領が暗殺され、同国はかじ取り役不在の状態に陥った。周辺国には「危機の連鎖」を恐れる声が強く、カリブ海は「不安の海」となっている。

 

 キューバの反政府デモは、ハバナの南西約38キロにある小さな町、サン・アントニオ・デ・ロス・バーニョスで始まった。数百人が政府への不満を口々に町を練り歩く様子が約1時間、ソーシャルメディアでライブ配信された。配信は突然、見ることができなくなり、しばらくして、他のいくつかの地点でのデモの様子がソーシャルメディアに投稿されるようになった。この中にはサン・アントニオ・デ・ロス・バーニョスから南東に約830キロ離れたパルマ・ソリアノの模様もあった。

 

 小さな町での反政府行動が、ソーシャルメディアを通じて、あっという間に遠方の町にも広がった。市民はソーシャルメディアでコミュニケーションを取り、それぞれ通りに繰り出した。デモ参加者は全国で数千人規模にのぼった。

 

 「自由を」「我々は恐れない」というスローガンの他に、「Patria y Vida(祖国と人生)」と叫ぶ姿が目立った。「Patria y Vida」はキューバ人ヒップホップグループのヒット曲のタイトルで、キューバの反体制派の間では「国歌」とも称される。

 

 ハバナでは、反体制派はソーシャルメディアで、海岸の遊歩道として有名なマレコンに集まるよう市民に呼び掛けた。賛同して集まった若者らは警察隊と衝突した。キューバでは、治安部隊による反体制派の締め付けが強く、デモなどの抗議行動を目にすることは、ほとんどない。今回のような大規模デモは1994年のマレコナゾ蜂起以来のことで、27年ぶりだ。

 

 キューバでは「革命の父」である故フィデル・カストロの後を継いだ弟のラウル・カストロ氏が2018年、高齢を理由に国家評議会議長を退き、ミグエル・ディアスカネル氏が大統領に就任し、最高指導者となった。

 

 大統領はほどなく新型コロナの感染拡大に直面した。キューバ経済は11%のマイナス成長となり、深刻な外貨不足に陥った。食料品や日用品は十分に行き渡らず、市民は購入のために数時間も行列している。

 

 主力産業の観光業は新型コロナでダメージを受け、レストランや店舗もロックダウンにより営業が中止となった。多くの市民は収入源を絶たれたままだ。

 

 さらにこの1カ月、新型コロナの感染者数が急増し、特に西部のマタンサス州では医療システムが崩壊しかねない状況にあるという。

 

 インターネット上などでは国境を越えた支援の動きが広がっているが、キューバ政府は集まった支援物資などの受け取りを拒否しており、人々の政府に対する不満は急速に強まっている。

 

 ハーバード大学のキューバ問題専門家であるアレハンドロ・デ・ラ・フエンテ氏はウォール・ストリート・ジャーナルの取材に「人々は爆発寸前だ。爆発したらコントロールすることは難しくなる」と話している。

 

 ディアスカネル大統領は11日、サン・アントニオ・デ・ロス・バーニョスを訪れ、支持者とともに町を歩き、事態を掌握していることをアピールした。国営メディアはこの様子を大々的に伝えている。

 

 キューバの反政府デモが起きる4日前の7日未明にハイチで起きた大統領暗殺事件は、カリブ海諸国のみならず、中南米全体に衝撃を与えた。ジョベネル・モイーズ大統領が、首都ポルトープランス郊外の自宅に押し入った武装集団に12発の銃弾を受けて死亡した。地元警察はこれまでハイチ系米国人2人とコロンビア人18人を逮捕したが、新たに米国のフロリダ州に居住するハイチ人医師を逮捕した。この医師が首謀者の1人とみられるが、当初は大統領を拘束することが目的だったという。真相はまだ明らかになっていない。

 

 ハイチは西半球で最も貧しい国だ。平均的な市民は1日3ドル以下で暮らしている。大国による植民地支配、その後の独裁政治に長く苦しめられた。地震やハリケーンなど災害に次々に襲われる。さらに50を超す犯罪グループが抗争を繰り返し、市民が安心して暮らせる環境とはほど遠い。

 

 モイーズ大統領はバナナ貿易で成功した元ビジネスマンだが、強権的な政治姿勢に野党の反発は強かった。ただ、外国人武装勢力による現職大統領の暗殺は国の主権を根底から揺るがすだけに衝撃は大きく、社会的、政治的、保健衛生的な危機の周辺国への拡大が懸念されている。

 

 原油や天然ガスの産出などで潤うカリブ海の国、トリニダード・トバゴの有力紙、トリニダード・トバゴ・ガーディアンは、ハイチの暗殺事件を受けて、トリニダード・トバゴ政府は様々な問題解決に向けて国民の声を聞くべきだと訴える記事を掲載した。

 

 その中で、「トリニダード・トバゴだけでなく、他のカリブ海諸国がハイチの事件を目覚ましコールとしてとらえなければならない」との専門家の意見を紹介している。

 

 カリブ海諸国はいずれも小国で、大国から見れば「吹けば飛ぶような存在」である。地政学的にも脆弱な環境である上に、新型コロナの感染で国民のストレスはピークに達しており、「危機の連鎖」は起きやすくなっている。

 

 

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Taro Yanaka

 街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

 専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

 趣味は世界を車で走ること。

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