イランで新大統領が誕生して早速、米国との間で報復の応酬が続いている。バイデン米大統領は6月27日、イラク―シリア国境地帯におけるイラン傘下の民兵集団へ空爆命令を出した。国防総省によると、米国に対する無人機攻撃に関与する施設を攻撃したとのことである。イランはすかさず、配下の民兵集団を使い報復に乗り出している。(写真はYahoo画像から引用)

 

 小競り合いはあるものの、その中で重要な攻撃の一つが、オマル油田付近のアメリカ軍基地に対するロケット砲攻撃だ。クルド人部隊と米軍が共同でイスラム国から奪還し、石油資源の乏しいシリアでは最大級の油田である。トランプ前政権時代、米国の石油企業が操業を開始し、アサド大統領は猛反発してきた。イランは、この最重要拠点を攻撃できる能力があることを示せた。ごく最近、8日も2発のロケット弾がイラクの首都バグダッド内にある「グリーンゾーン」内部の米国大使館付近に着弾したと報じられた。いずれも、いつでも米軍の弱点をつくことができることを示した構図だ。

 

 ライシ新大統領が就任し早速、バイデン大統領は彼の反米的傾向と策謀に掣肘を加えた構図だ。終始イランに対し強硬であったトランプ前大統領は、政権末期に革命防衛隊の対外工作部隊「ゴドス(エルサレムの意)」のガーセム・ソレイマニ司令官(当時)を殺害するという、一大作戦を決行した。トランプ氏は、ソレイマニ氏殺害に乗り出すに足る「重大な情報」をつかんだと説明しており、筆者もクルド系情報筋からソレイマニ氏が配下の民兵勢力であるムハンディス司令官と組み、イラクで政変を起こそうと画策したという情報を聞いた。

 

 イランが一線を越えてしまったのは間違いないだろう。トランプ前政権の大きなレガシーは、結局ガーセム・ソレイマニ氏ほどの大物に手を出されても、イランは大きな報復を行うことができないことを世界に示したことだ。バイデン大統領は、このレガシーを引き継ぎ、イランの挑発に粛々と空爆で応えていくだろう。トランプ政権と異なるのは余地を残す点である。しかし、肝心のライシ大統領が対話の扉を閉ざしているので、バイデン大統領はトランプ時代と変わらない報復をせざるを得ない。

 

 イラン傘下民兵の挑発は、米国側の挑発を引き出すことで、イラク国民の反イラン・民兵感情をそらす意図もあるとみられる。先月27日の空爆後、イラクのカディミ首相は、米軍の行動を「主権侵害」と非難し、多くのイラク国民もまた反米意識に染まった。イラクは一昨年より腐敗した政府、政府内に巣食うイランの支援を受ける民兵たちへの抗議運動が続いている。イラクを属国扱いするイランにとって、その勢力圏を揺るがす事態が現在も続いてるわけである。イラン傘下の民兵と米軍との小競り合いは、民兵連中のみならず背後に控えるイランの声望を高めることにつながる。

 

 米軍は、アフガニスタンからとうとう撤退した。イラク、シリアへの増派も当然難しい中、現地の味方に頼る必要が出てくる。中東における米国の新たなパートナーといえば、クルド勢力だ。クルド勢力側も不安定な立場にある。特にシリアのクルド勢力は、トルコ、アサド政権に挟まれ、イラクのクルディスタン地域のように法的にその地位を保証されていない。米軍をつなぎとめるため、イランの脅威を利用していくだろう。イランの挑発は、米国―クルドの相互依存を強める結果にもなっている。


 

Roni Namo

 東京在住の民族問題ライター。大学在学中にクルド問題に出会って以来、クルド人を中心に少数民族の政治運動の取材、分析を続ける。クルド人よりクルド語(クルマンジ)の手ほどきを受け、恐らく日本で唯一クルドを使える日本人になる。今年7月に日本の小説のクルド語への翻訳を完了(未出版)。現在はアラビア語学習に注力中。ペルシャ語、トルコ語についても学習経験あり。多言語ジャーナリストを目指し修行中。