ありそうでなかったもの、「あればいいな」と感じて製造したものが大ヒット商品になった。隙間産業的な分野なら大いにありえることだが、「超成熟」した米国のアルコール市場でも、そんなことが起きる。

 

 「Hard Seltzer(ハード・セルツァー)」と呼ばれる分野のアルコール入り炭酸飲料が米国で爆発的に売れている。2018年には、この分野の売上高は5億ドル(550億円)だったが、昨年は40億ドル(4400億円)規模になった。わずか2年で驚異的な急成長をとげた。

 

 新型コロナウイルスの感染拡大で米国でも「家飲み」が増え、アルコール飲料の販売自体が増加したことが追い風となったが、外部要因は付け足しのようなものだ。将来もかなり明るい。

 

 ゴールドマン・サックスの予測では、4年後の2025年までには300億ドル(3兆3000億円)規模の市場に拡大するという。実現すれば、「大ヒット」を遥かに上回り、アルコール飲料の勢力図を塗り変えるほどの歴史的な出来事となる。

 

 ハード・セルツァーの標準的な商品は缶入りで、アルコール分は約5%。レモンやライム、ストロベリー、グレープフルーツ、マンゴー、パイナップルなど多種類のフルーツ風味が売り物だ。それで炭酸とくれば、「なーんだ、日本の酎ハイじゃないか」となるが、まさに、そのイメージがピッタリである。もちろんアルコールは焼酎ではない。メーカーによって多少異なるが、サトウキビを発酵させて製造したアルコールが原料だ。ウォッカやジンなどをベースにしたカクテルではない。

 

 米国で食事をしようとて常に感じるのは、飲み物の選択肢が意外と限られているということだ。「とりあえずビール」という習慣は米国にはないのだが、ビールだと腹が膨れてしまう。シャンパンは高価だし、ワインを飲むとすぐに眠くなってしまう。カクテルは種類が豊富だが酔いが早過ぎる。酎ハイのような飲み物が喉から手が出るほど欲しくなるのは、いつものことだ。

 

 このもどかしさは日本人固有のものかと思っていたか、米国人も物足りなさを感じていたのだ。

 

 マサチューセッツ州の伝説のビール醸造者と言われる故T.C.ハフェンレファー・ジュニアの孫であるニック・シールズ氏は2012年、コネチカット州ウエストポートのレストランで友人とランチをしていた際、他の席に座った女性グループが次から次にウォッカソーダばかりを注文しているのを見て、ビール以外の飲み物を開発する必要性を強く感じた。小さなビール会社の5代目は、すぐにガレージを改造して開発に取り掛かった。

 

 試行錯誤している中で深く自覚したのは「ゴールは、ビール、ワイン、カクテルの3分野のギャップを埋める新しいアルコール飲料を作ること」だったという。

 

 業界では、シールズ氏はハード・セルツァーの生みの親として語られている。シールズ氏は2013年、発酵したサトウキビのアルコールを使って「SpikedSeitzer」というブランド名のハード・セルツァーを発売した。商品は好評を博した。このため、ハード・セルツァーに参入する企業が相次いだ。

 

 2016年には、現在、市場シェア50%を超すトップブランド「White Claw」と、シェア20%を超すナンバー2ブランド「Truly」が販売を開始し、ハード・セルツァーが米国で広く知られるようになった。

 

 シールズ氏の「SpikedSeitzer」はこの年、米国ビール業界のトップでバドワイザーなどを製造・販売するアンハイザー・ブッシュに買収された。2019年、「Bon & Viv」というブランドに名前を変更し、現在、シェア7%の4位ブランドだ。

 

 アンハイザー・ブッシュはシェア9%の3位ブランド「Bud Light Seltzer」なども展開しており、「White Claw」と「Truly」を猛追している。

 

 「White Claw」はカナダの酒造メーカー、マーク・アンソニー・グループが製造・販売。ワインやスピリッツ類が主力のメーカーだが、1990年代から軽めのアルコール飲料の製造に取り組んでいた。「Truly 」は作家、村上春樹が大好きなボストンのビール「Samuel Adams」を製造するボストン・ビールが製造・販売している。「Truly」の成功で同社の経営者、ジム・コック氏は米国の「富豪トップ400」に選ばれた。

 

 ハード・セルツァーで注目されるのは、ビールメーカーの取り組みだ。アンハイザー・ブッシュ、ボストン・ビール以外にも、「Coors」を製造・販売するクアーズ醸造、「Corona」を製造・販売するメキシコのモデーロ、「Miller」を製造・販売するミラー醸造などが参入し、定番ブランドになっている。

 

 ビール業界では1975年にミラーが、1982年にバドワイザーがライトビールを発売し、一大ムーブメントとなった。健康志向の消費者にもビールをアピールし、販売拡大に成功した。今回のハード・セルツァーブームをビール業界は、ライトビール以来の大きな現象だととらえている。

 

 ハード・セルツァーは1缶100キロカロリー以下で、各社ともグルテンフリーなどを強調している。健康を気にする若者らをターゲットにした戦略が奏功した。また、ソーシャルメディアでの広がりを意識した商品デザインも徹底されている。

 

 2018年には10ブランドぐらいしかなかったのが、今では60ブランドを超えている。味だけでなく、すべてが「時代の申し子」なのである。

 

 

(IRuniverse)