イランで新大統領が誕生した。6月19日、”保守強硬派”で元司法長官のライシ氏が新大統領に選出された。イランは穏健派の後に強硬派が登場する。改革派ハタミ氏の次に元「革命防衛隊」の強硬派アフマディネジャド氏が登場したのは記憶に新しい。これはイランの神権体制延命のサイクルである。穏健派ないしは経済重視派が政権を担わなければ、イラン自体の延命が望めなくなるが、そのままだと民主化要求が強まる。それゆえ手綱を締める役回りが次にくるのである。(写真はライシ新大統領、Yahoo画像から引用)

 

 イランには大統領選の立候補に際して審査制度もあり、「不適格」とみなされた人物は排除される。とはいえ、今回も改革派とみなされる人物は立候補し、ある改革派候補者がより有力な候補者の当選を助けるため、自発的に選挙戦から撤退する場面もみられた。それらは民主的な選挙であることの演出を手助けしただけに終わった。このような背景により、歴史的な無関心の中でなされた選挙でもあった。選挙ボイコットの動きも報じられた。

 

 イラン中枢がライシ新政権に望むのは、国内に燻る神権体制への批判を一掃することだ。ロウハニ政権下では、経済成長が続いたが、米国のトランプ前大統領によるイラン政策の逆回転以降、経済が疲弊し前代未聞の最高指導者への非難含む抗議運動が行われた。イラン革命に参加しイスラム勢力との戦いに敗れ亡命した「人民の殉死者」は日々、報じられないイラン国内の大小の抗議運動をテレグラムなどで発信をしている。

 

 ライシ氏就任後、早速、イラン議会はさらなるネット規制法案を整備しようとしていると報じられている。それはSNSとVPN規制を目指すものであるということだ。イランでは多くの海外サイトにそのままでは接続することができず、多くの市民はVPNを利用して海外サイトの閲覧を行っている。最高指導者含む神権体制そのものへの批判の声が強まりつつあり、国外の反体制派が情報攻勢を強めている中、海外から情報流入抑制は神権体制にとって喫緊の課題であるということだ。

 

 欧米から非民主的と非難される国々の除けば、国際社会は”強硬派”大統領の登場を懸念している。「人民の殉死者」は、声明を出しライシ氏を「殺人鬼大統領」と呼んだ。ライシ氏は司法長官として多くの死刑執行に携わり、アムネスティなど国際的人権団体からも批判される存在ということだ。それゆえ、国際社会は「犯罪者」とはいえ、核問題との交渉をしなければならないというジレンマに陥るだろうと締めくくった。

 

 一方、イランと国境を接するクルディスタン地域のネチルワン・バルザニ大統領は、直ぐにライシ氏と電話会談を行い祝辞を送った。イスラム国が台頭した2014年の厳しい時期に支援をしたことに感謝を表明したという。2017年のキルクーク侵攻など、イランはクルディスタン地域内で自国の影響力拡大のため工作活動を行っており、時折、反体制派クルド人を狙い直接ロケット砲攻撃に及ぶこともある。ライシ氏の登場を歓迎というよりかは、ただ欧米に追随するのではなく、最低限の礼儀を果たし、刺激することを避けたということだ。政治的分断もあり基盤の弱いクルディスタン地域政府にとって、イランとの関係は神経を使う必要がある。

 

 ロウハニ政権下のイランで大規模な抗議運動が盛り上がった時、イラクのクルディスタン地域の政党関係者は、もうイランの神権体制は長くないといった観測を述べていた。ライシ新大統領が、新たなイラン革命を招来するか、秩序を回復できるかが注視される。


 

Roni Namo

 東京在住の民族問題ライター。大学在学中にクルド問題に出会って以来、クルド人を中心に少数民族の政治運動の取材、分析を続ける。クルド人よりクルド語(クルマンジ)の手ほどきを受け、恐らく日本で唯一クルドを使える日本人になる。今年7月に日本の小説のクルド語への翻訳を完了(未出版)。現在はアラビア語学習に注力中。ペルシャ語、トルコ語についても学習経験あり。多言語ジャーナリストを目指し修行中。