BHPと言えば、豪州の鉄鉱山、銅鉱山、石炭、ニッケルをおさえる大資源会社である。豪州だけでなく南米では、チリの有名なエスコンディーダEscondida銅鉱山のシェアー57.5%を実質支配し、日本の銅製錬所の大きな供給先の一つである。又ペルーでもアンタミナAntamina銅・亜鉛鉱山をグレンコアと両社で67.5%を支配している。BHPの収入はこれまで中国向けの鉄鉱石や冶金用石炭や発電用の燃料炭の事業収益が、中国の旺盛な鉄鋼生産に支えられて安定した企業収益を株主へ還元してきた。
BHPは2021年6月までの1年間で記録的に最高の29億ドルの収益を上げ、株主への配当も又最高の記録となると発表した。来年も24億ドルの収益を予想している。
一方で、BHPの主要事業の鉄鉱石事業では2015年11月ブラジルSamarco Mineracao S.A.(Samarco) (BHPとValeが50%保有)でフンダオ尾鉱ダムFundao tailing damの決壊により、鉄鉱山の運営が現在も頓挫しており、その復旧や補償問題にBHPは注力し大きな負債が発生している。
BHPの冶金用石炭や火力発電用の燃料炭の主力事業は、世界的なカーボンゼロの大きな課題に直面しており、今後は更に中国経済の行方など主力事業の経済環境が不透明化している。
これまで世界の資源業界を長く支配して来たBHPの悩みは、主力事業がこれまで世間が羨む大きな収益を上げてきただけに、将来の事業選択で大きな岐路に立ち至っていると思われる。今後石炭に代わる事業として、肥料事業が位置付けられ、石炭事業の中で次世代事業として、検討されてきた。今BHPの資産帳簿に次世代投資プロジェクトが非常に少なくなっているのだ。
帳簿に残る事業のその第1は、西オーストラリア州のサウス・フランクSouth Flank鉄鉱山へ30億ドル投資し、その95%が完了している。最初の鉄鉱石の出荷が今年半ばに予想されている。
第2のプロジェクトが、マッド・ドッグMadDog石油プロジェクトでBHPは21億ドル投資し90%が完了している。
第3が、少し投資規模の小さなルビーRuby石油プロジェクト(2.83億ドル)で78%が完了している。
第4のプロジェクトが今世界的に話題になっている、カナダサスカチュワン州のジャンセンJansenカリウム肥料プロジェクトである。ジャンセンには既に10年間で42億ドルが鉱山と製造設備に投資された。しかし未だ操業計画の最初の出荷予定など詳細が公表されていない。
問題は、ほとんどのプロジェクトは最終段階であり、次期投資案件が無いのだ。
カリウム肥料のプロジェクトは10年前に遡り、カナダのカリウム肥料会社の買収に失敗した事が契機で、BHPは代わりにカナダで独自の鉱山開発に乗り出した。
ジャンセンプロジェクトから生産される、カリウム肥料は世界中のカリウム肥料の実に15%を占める一大生産企業に躍り出る規模である。
6月23日、BHPによるPotash Outlook briefing presentationでMarket Analysis and Economics Unit (MAE) Chief Economist and VP, Hau MacKay氏がプレゼンした内容では、農業生産に必須なカリウム肥料の1960年から2020年までの40年間の需給で、3つの大きな波があった。第1の波は1960-1975年で供給主導、第2の波は1990-2000年で供給主導、第3の波が2000-2020年で需要主導であった。
Hau MacKay氏のプレゼンによると2020年の時点での需給はほぼバランスに近づいているので、順調な需要が見込まれる場合、価格の安定性は増すと思わるが、しかし乍ら価格は、2008年頃に最高価格(プレゼン資料から約$700以上)を付けてから、平均価格は3段階で低下し、平均値レベルで、$470、$350、$260と徐々に低下傾向にある。しかも現在の水準の平均価格は最低レベル近くで推移している。
今後2020-2030年の第4の波では、需要と供給がどうなるかをHau MacKaが予測し、需要は1-3%CAGR*の範囲の伸率で、おそらく2%の需要が予測され、専門家は1.7%成長を予測していると。(2017年作成された国連FAOの2015-2020年の世界の需要の年平均成長率の予測値では、2.44%CAGRであった。)
今後BHPのカナダJansen大鉱山が生産を開始する時期は、供給過剰に拍車を掛けるのか、又は順調な穀物需要に支えられてカリウム肥料需要が拡大するのか、大規模プロジェクトへ与える影響は、カーボンゼロシナリオの時代に世界の資源産業の将来事業を占うプロジェクトと言えるが、世界中のあらゆる産業の不透明な時期に、間違いなくJansenプロジェクトが完成する可能性が大きい。
今世界は、脱炭素の時代を迎えている。更にBHPを支えてきた鉄鉱石と冶金用石炭の大需要家の中国経済が今後生産を抑制する懸念もある。今BHPに問われている課題は、長期的にこれまで収益を挙げてきた鉄鉱石や石炭に代わる新たな新規投資先が問題となっているのだ。
更に火力発電用燃料炭の需要に対する脱炭素社会での環境持続性も問われている中、資源会社BHPの石炭事業に代わるべき新規事業のカリウム肥料プロジェクトが注目されている。肥料産業は、世界の食料問題の為には、政治的には正しい進路ではあるが、これまで莫大な収益を挙げてきた大資源会社のBHPを取り巻く投資銀行の収益の期待に、将来どう応えて、長期的な収益を確保していくのだろうか?カナダJansen鉱山への目が離せない。
参考資料
・BHP hp
・Mining Journal May7-20 Opinion,p23
・国連食糧農業機関FAO、世界肥料需給の中期展望報告書(2015-2020年)
(IRUNIVERSE TK)