中国漁船の南米沖での違法操業が拡大している。南米経済に深刻な影響を及ぼしているだけでなく、水産資源の重大な脅威となっている。チリなど関係国は共同で中国漁船の違法操業に対応しており、米国も強い関心を示している。海上だけに不測の事態が起きやすく、米中対立の新たな震源地になるかもしれない。

 

 米の首都、ワシントンに本部を置く海洋問題の調査機関「Oceana(オセアナ)」は今月2日、アルゼンチン沖での漁船の動きについての調査を発表した。衛星データなどによると2018年1月から今年4月25日、アルゼンチンの排他的経済水域(EEZ)内のうち同国の領海に近い海域に、約800の外国船が、延べ90万時間に渡って漁業活動をしていた。このうちの約400隻は中国漁船で漁業活動の69%を占めていたという。同期間にこの海域にいたアルゼンチン漁船は145隻、活動時間は延べ9269時間に過ぎなかった。

 

 安全操業のために船舶の位置などを互いに認識するための「船舶自動識別装置」(AIS)をオフにしていた例は6227件あり、「闇の中」での操業は延べ約60万時間に及んでいた。そのうちの66%が中国のイカ釣り漁船だったという。

 

 遠洋漁業でAISをオフにしての操業は、違法操業であると考えるのが水産業界の常識だという。オセアナの調査期間中の昨年4月、アルゼンチン当局は約100隻の中国のイカ釣り漁船が、AISをオフにしたままアルゼンチン領海内で違法に操業していたことを確認した。

 

 アルゼンチン沖は漁業資源に恵まれた「宝の海」として知られている。魚種は330以上で、深海種も120近く生息している。イカやエビ、タコなどの無脊椎動物の種類も多い。現場での水揚げの主力であるアルゼンチンマツイカは「世界3大イカ資源の1つ」だ。スルメイカに似ており、世界的に人気がある。

 

 アルゼンチンマツイカは2007年以降、水揚げ量が激減し資源の枯渇が懸念されている。海の生態系にとっても重要な役割を果たしており、アルゼンチンマツイカの減少は他の海中生物の生息環境にも深刻な影響を与えるとされる。この海域で操業する中国漁船の多くは、アルゼンチンマツイカを狙っている。日本近海でサンマの水揚げ量が激減したのと同じように、中国漁船による乱獲が、アルゼンチンマツイカの資源枯渇の原因の1つとも言われる。

 

 アルゼンチンの水産業は、経済規模が約27億ドル(約3000億円)でGDPの3.4%を占める。中国漁船の違法操業はアルゼンチン経済に深刻な影響を及ぼす。

 

 このためアルゼンチン政府はここ数年、違法操業の取り締まりを強化した。これにともない中国漁船とアルゼンチン警備艇との間での小競り合いなどが発生し、緊張が高まっている。

 

 2016年には数時間、アルゼンチンの警備艇に追跡された中国漁船が沈没した。2018年には取り締まりを受けた4隻の中国漁船がアルゼンチンの警備艇に衝突しようとする事件が起きている。アルゼンチン国会は違法操業に対する罰金を190万ドル(約2億円)に増額した。

 

 「緊張の海」はアルゼンチン沖の大西洋だけではない。南米大陸より西側の太平洋にもある。中国漁船団はチリ、ペルー、エクアドル、コロンビアの沖合にも現れる。

 

 アルゼンチン沖で1~5月に操業していた船団が移動し、大西洋から太平洋に入る。また、別な中国魚船団が太平洋を航行し、この海域に到着する。

 

 昨年7月、エクアドル海軍はガラパゴス諸島沖合のエクアドルのEEZの外側に約260隻の外国漁船が終結しているのを発見し、違法にEEZ内に入ることのないよう警告した。

 

 漁船の数は月末までに342隻に増えた。ほとんどが中国船籍または中国人が所有する漁船で、中国領海では使用が禁止されている大規模なトロール機能が装備された漁船だった。大船団はEEZの縁を、漁をしながら航行した。このうち半数はAISをオフにしていた。

 

 米国の調査・分析会社「ホークアイ360」は、多数の中国漁船が17日間に渡り違法操業を繰り返していたことを明らかにした。また正体不明の船舶が何度もEEZ内に入り、漁船団に接近していたという。漁獲物を海上で積み替えていたものとみられる。

 

 またエクアドル軍は149隻の中国漁船がガラパゴス諸島近くの海上で、AISをオフにして操業していたことを明らかにした。

 

 エクアドル政府は度々、中国漁船の違法操業を非難する姿勢を示してきたが、中国の駐エクアドル大使館は「中国漁船は通常、識別装置の信号をONにしている」などと説明するだけだ。

 

 エクアドルのモレノ大統領(当時)は昨年9月の国連総会での演説で、ガラパゴス諸島沖での外国漁船による違法操業を非難した。経済支援などで南米での存在感が増す中国に配慮して、中国を名指しすることは避けたものの、事実上、中国に抗議する内容だった。エクアドル、コロンビア、ペルー、チリが共同して違法操業の対応にあたることも表明している。

 

 中国漁船が南米の沖合に姿を現したのは2001年からだと言われる。当初は22隻ほどだったが、最近は500隻規模の船団になっている。

 

 米国政府は、中国の南米での違法操業は米国経済や安全保障上の脅威だととらえている。政府内の複数の諜報機関などが横断的に情報を分析している。大統領の「優先事項」として、南米の関係国と連携して対応する方針だ。

 

 

(IRuniverse)