米国経済に「Shrinkflation(シュリンクフレーション)」の嵐が吹き荒れている。聞き慣れない言葉かもしれないが、「物価の暴騰」を意味する「Inflation」と「収縮」を意味する「Shrink」を合体させた造語だ。メーカーなどが、商品の内容物を減らして価格を維持する動きを示す。日本でもよくあるパターンだが、原料価格の値上がりと、「ポストコロナ」による需給バランスの異変でインフレ懸念が強まる米国でも、メーカー側の戦略的手段として使われている。「気前の良い米国」はどこに行ってしまったのか、と感じる市民は多い。

 

 新型コロナウイルス感染対策の代表格だったレストランの営業規制が取り払われ、夜のニューヨークの街で酒が存分に楽しめるようになった。ところが、なんともしっくりこないことがある。飲み歩いて気付くのは注文した酒の量が以前より少なくなったということだ。

 

 米国のカクテルグラスはびっくりするほど大きい。食前にマティーニを注文すると1杯でかなり酔えた。それが、1杯飲んでもパンチが少ない。シェイカーもグラスも小型になった店があるからだ。バーだけではない。ステーキ店などもランチメニューのステーキが、明らかに小さくなった。

 

 スーパーマーケットに行くと「Shrinkflation」がさらによく分かる。これまで16オンス(454グラム)でパッケージされていたコーヒーは12オンス(360グラム)か13オンス(369グラム)になり、今では10オンス(283グラム)を見かける。マヨネーズは32オンス(907グラム)が30オンス(850グラム)に、1食用のヨーグルトは8オンス(227グラム)が6オンス(170グラム)になった。

 

 新型コロナ感染拡大前からの傾向ではあるが、昨年以降の動きは激しい。アイスクリームのファミリーパックが56オンス(1588グラム)から48オンス(1361グラム)に、ポテトチップのパーティーサイズが15.25オンス(432グラム)から13オンス(369グラム)に、チョコレートのファミリーサイズが18オンス(510グラム)から16オンス(454グラム)に、台所洗剤のコンパクトサイズが8オンス(240ミリリットル)から7オンス(210ミリリットル)になるなど、「Shrinkflation」が加速している。

 

 ティッシュやキッチンペーパーなどのサイズダウンも相次ぎ、米大手メディアも注目している。

 ワシントン・ポスト紙はペットフードの内容量の減少に着目し、ネコの飼い主の出費増加をリポートした。メーカー側が説明もなく内容量を減らすことに憤慨する消費者の声を伝えている。

 こうした「Shrinkflation」の背景には、原料価格の高騰があるが、幅広い分野で急速に価格が上昇していることが今回の特徴だ。

 

 

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 ニューハンプシャー州にあるレストラン「ジョージアズ・ノースサイド」を経営するアラン・ナトキエルさんは、店のSNSに経営を取り巻く現状を書き込んだ。値上げの根拠を顧客に説明し、経営の透明性を高めるためだ。

 

 ナトキエルさんによると、この3、4カ月の経営コストは一段と上昇し、スペアリブの材料であるセントルイス・リブは50%増。揚げ物用の食用油は約2倍に跳ね上がったという。また、調理などに使う手袋は3倍になっている。他の食材では牛肩肉は3倍近くに、手羽は極めて品薄で、顧客に提供できる品質のものを仕入れるのが困難だと指摘している。

 

 一方スーパーでは、米国でも「価格の優等生」である卵が値上がりを続けている。12個あたりの平均価格は2019年が1ドル40セント、昨年が1ドル51セント、今年5月は1ドル62セント。安からこそ、生活に忍び寄る物価高の怖さを実感するのである。

 

 物の値上がりだけでなく、人件費の高騰も商品価格に大きく反映している。コロナでリモート勤務が増えた一方で、現場で働く人が減少した。このためサービス業や運送業など幅広い業種で深刻な人手不足に陥り、その分、給与は上がり、人件費の高騰につながっている。それが最終的に商品価格に跳ね返ってくる。

 

 

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 衣料の分野でも綿花の急騰がアパレル産業の経営に影響を及ぼすなど、消費者にとって懸念材料が多い。ジーンズメーカーのリーバイスによると、コロナで自宅にいる時間が長くなったことで、顧客の約25%に体形の変化が出て、これまでとは違うサイズの衣料を買い求めているという。アパレルにしても百貨店・量販店にしても千載一遇のチャンスではあるが、経営コストを考えると、かつてのような派手なセールで売り上げを伸ばせるかどうかは疑問だ。

 

 米国の5月の消費者物価上昇率は5.0%。前月比で0.8ポイント拡大した。インフレ圧力はこれまでに経験したことのないスピードで強まっている。

 

 

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Taro Yanaka

 街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

 専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

 趣味は世界を車で走ること。

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