新型コロナウイルス対策で日本政府が強化した水際対策をめぐり、ニューヨークの日本人社会が騒然となった。今月1日、政府は感染力が強いとされる新型コロナの変異ウイルスの流入を防ぐため、ニューヨーク州など米国の15州を新たに「変異株 B.1.617 指定国・地域」に指定した。これまでテキサス州など4州が指定されていたが、これを拡大したのである。

 

 この指定を受けると、当該の州から日本に入国するすべての人は到着後、強制的に国が指定した宿泊施設に3泊させられ、期間中は一歩も部屋の外に出られない。

 

 4日午前零時からの実施だったため、ニューヨークにオフィスがある日系企業は、急遽、対応に追われた。一時帰国を予定していた社員が強制隔離にならないよう、3日中に入国できるよう一時帰国の日程を早めたほか、日本からニューヨークへの出張を取りやめるなどした。

 

 マンハッタンのオフィスで働く日系企業のある社員は「ニューヨーク州では人口の半数がワクチンの接種を終えている。日本より安心して生活できるというのに、なぜ今、日本への入国規制が強まるのか理解できない」と困惑気味だ。

 

 「変異種というが、日本政府の発表を聞いていろいろとチェックしてみたが、変異種のことについて、ニューヨークのメディアで取り上げているのを見たことがない。政府は何を根拠に今回の3泊強制隔離を決めたのか。明確に説明するべきだ」とも話す。

 

 在ニューヨーク総領事館の関係者は「自分たちもなぜこうなったのか分からないというのが正直なところ。みんなが疑問を持つのは当然だ」と本音を漏らす。

 

 うやむやなうちに、憲法で守られているはずの「移動の自由」ないがしろにされている。

 

 ニューヨーク州の新型コロナの陽性率は下がり続け、クオモ知事は9日、州全体の陽性率が、コロナ危機が始まって以来、初めて0.5%を下回ったと発表した。日本の主要都市の陽性率と比べれば、圧倒的に低い。

 

 ニューヨークから戻った日本人たちの不満は、これだけではない。日本に一時帰国した別の会社員は、帰国後の扱われ方に、絶望的な気持ちになったと言う。

 

 「海外から戻った人はまるで犯罪者だ。日本は共産主義国並みだ」

 

 東京からニューヨークに、わざわざ国際電話をかけて怒りをぶつけた。

 

 ホテルで3泊した後も、自宅で11日間、待機させられる。自宅での自主隔離は今に始まったことでないが、自主隔離措置を守っているかどうかを国が確認する手段のひとつが最近、新しくなった。

 

 以前も報告したが、米国などからの帰国者は、本人の所在を国が確認するためいくつかのアプリをスマートフォンにインストールしなければならない。そのうちのひとつはテレビ電話機能のアプリだ。少し前まではSkypeなど民間のアプリでよかったが、今は国が税金を使って開発した「My SOS」と呼ばれるアプリを入れなければならない。

 

 

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 入国者健康確認センターがアプリの管理をしているが、この会社員によるとアプリに毎日、電話がかかってきて、かけてきた相手にテレビ電話を通じて自宅を見せなければならないという。会社員は、電話をかけてきた人に、「自宅を見るなら、名前と部署を名乗ってほしい」と伝えたが、拒否されたという。テレビ電話は一方的な設定となっており、帰国者からは、電話をかけてきた人の顔は見えない。誰だか分からない人間が、毎日、取って変わって自宅を「のぞく」のである。

 

 会社員は、帰国者がこれだけプライバシーをさらけ出しているのだから、連絡してくる入国者健康確認センターとは厚生労働省などの官庁が運営しているものだと思っていた。しかし同センターは完全に民間への委託だ。危機管理会社がすべての業務を取り仕切っている。

 

 会社員は「民間委託が悪いとは言わないが、問い合わせには答えられず、質問によっては事実でないことを言って煙に巻こうとする。責任感のかけらもない。所管の厚生労働省に電話してもまともに取り合ってもくれない。日本の人権感覚のなさに愕然とした。国会やメディアでは、もっと水際対策を強化しろの大合唱。戦前の日本みたいで怖い」と話した。

 

 

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 会社員からの電話を切り、テレビをつけたら、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。州のキャンペーン広告が流れていた。ナレーションの主はニューヨーク州在住の歌手、ビリー・ジョエルだった。

 

 ニューヨーク州は新型コロナでダメージを受けた経済の再生を目指し、市民に団結を求めるキャンペーンを行っている。

 

 「Reimagine (再考する)、 Rebuild (再建する)、 Renew(再開する) 」がキャッチフレーズで、テレビCMに約400万ドル(約4億1000万円)を投入した。

 

 CMは小規模ビジネスへの支援や公共施設建設など、州の経済再生に向けた取り組みを紹介。ビリー・ジョエルだけでなく、ロバート・デ・ニーロ、ウーピー・ゴールドバーグがナレーターを務めるバージョンもある。大物たちの声はコロナに打ちのめされた市民の胸に響く。

 

 国民をさらに押さえつけようとする日本。

 

 再生に向け市民を鼓舞する米国。

 

 ワクチン接種の広がりの差が、この違いを生んでいる。ワクチンの遅れに責任を負うべき日本の政治家は、この現実を直視するべきだ。

 

 

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Taro Yanaka

 街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

 専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

 趣味は世界を車で走ること。

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