木材価格が記録的な高値となり、バイデン政権の足元を揺るがしている。米国経済に急速に広がるインフレ懸念の震源となっているためだ。新型コロナウイルスの感染拡大を受けた空前の住宅ブームが木材高騰の背景にあるが、貿易問題や地球温暖化などにもつながる根深い問題で、一筋縄では解決できない。

 

 木材の体積単位は「ボードフィート」と呼ばれる。北米では1000ボードフィートごとに取り引きされる。パンデミックが起こる前の木材は、この1000ボードフィート当たりが200〜400ドルの範囲で取り引きされていた。それが今月、一時1700ドルを超えた。過熱相場は先週以降、やや落ち着いたものの、記録的な高値は少なくとも来年いっぱいは続くとの見方が強い。木材は商品先物で「最もホットな市場」である。

 

 木材高騰の要因は多岐にわたる。直接的な要因から挙げると、原木から材木にする製材所が不足している。

 

 

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(SBI証券Web資料より)

 

 

 2008年のリーマン・ショックは、不動産バブルが過熱して金融危機を引き起こした。深刻な不況となったことから、不動産市場は一気に縮小した。このためリーマン・ショック以降、製材所の閉鎖が全米で相次いだ。

 

 ルイジアナ州など木材資源が豊富な米南東部では、約40%の製材所が、この十数年でなくなった。今、住宅需要が急増しても、製材所の再開はすぐにはいかない。原木があっても材木にする能力が足りないのだ。

 

 原木を育てる側の事情もある。

 

 米国では、国内市場に供給される木材の約50%がプランテーションで育てられるが、伐採時でも原木は成長している。原木は木材としての価値を上げながら成長するので、業者は早く伐採することを望まない。価格上昇が急速なほど、伐採を渋る傾向が強くなる。このため木材の供給は細る。

 

 米国の主要な輸入国であるカナダの事情もある。

 

 カナダの針葉樹は米国の住宅需要を支えている。カナダの木材は米国と違い、多くが公有地で育ち、州政府などが伐採を管理している。このため需要の増減など経済的事情に柔軟に対応できない傾向にある。

 

 

写真

 

 

 さらに米国とカナダの間には、木材をめぐる貿易摩擦が横たわる。米国は1980年代から、カナダの林業保護政策に反発し、制裁関税をかけるなどしてけん制してきた。

 

 最近ではトランプ前政権が2018年にカナダの針葉樹木材に20%の関税を課した。昨年、世界貿易機関(WTO)がカナダの主張を受け入れる裁定をくだしたことから、現在は9%になっている。

 

 関税は自国産業を守るように見えて、最終的には課した国の消費者に跳ね返ってくる。カナダへの関税は米国の木材価格の高騰の一因となり、住宅購入に走る米国民を苦しめる結果になっている。

 

 バイデン政権としては、住宅市場を正常化させるためにも木材関税の撤廃に向けて進みたいところだが、国内業者向けの顔も見せなければならない。米商務省は先週、カナダ政府の国内の林業への補助金など米国にとって不公平な政策に対抗するためには、関税を18%に引き上げるべきだとの考えを示した。

 

 記録的な木材価格の高騰で消費者や小売業者が四苦八苦している最中にも、木材貿易摩擦は続くのである。

 

 一方で、地球環境の変化も木材価格に大きな影響を与えている。

 

 米北部やカナダの森林地帯の気温が上昇したことで、アメリカマツクイムシが大量に発生し、針葉樹を食い散らかしている。

 

 アメリカマツクイムシの卵は寒さに弱く、これまでの気温ならば冬に多くの卵が死に、アメリカマツクイムシの大量発生はなかった。しかし、平均気温が上昇したことで大量発生を招き、被害が拡大する事態に陥った。また、乾燥により針葉樹の抵抗力が弱まり、被害を増幅させる要因となった。

 

 アメリカマツクイムシの被害は、カナダのブリティッシュ・コロンビア州だけでも1800万ヘクタールにのぼり、木材として商品化できる原木の約60%を食いつくしたといわれている。また、米国のモンタナ州からカナダのサスカチュワン州にかけての被害は約2700万ヘクタールに上った。これはドイツの国土の約4分の3に相当する。

 

 さらに山火事が森林に深刻な影響を及ぼしている。

 

 ブリティッシュ・コロンビア州では2017、18年と2年連続で大規模な山火事が発生し、120万、130万ヘクタールが焼けた。米カリフォルニア州での山火事と同じように、気候変動による高温と乾燥が山火事の原因だといわれる。

 

 害虫に食われると針葉樹は脂を分泌して自らを守ろうとするが、脂は燃えやすく、山火事を一段と激しくさせてしまったという。

 

 ワクチンの普及で世界では、「ポスト・コロナ」への動きが活発となり、物価の上昇が顕著になってきた。コモディティーでも銅や原油、ガソリン、トウモロコシ、大豆、天然ガス、砂糖、銀、コーヒー、綿花、小麦など幅広く値上がりしている。中でも木材は飛び抜けており、インフレ懸念が強まる世界経済をかき回す可能性が高い。

 

 各国の超大型経済対策は、コロナ後の経済回復を前提としており、急激なインフレはなんとしても回避しなければならない。木材価格の動向はこの先の世界経済を占う指標になりそうだ。

 

 

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Taro Yanaka

 街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

 専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

 趣味は世界を車で走ること。

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