ブリンケン米国務長官はこのほど、訪問先のデンマークで同国自治領のグリーンランドに関連し「米国は購入するつもりはない」と語った。2019年にトランプ前大統領がグリーンランド購入を仄めかしたことで険悪となった両国関係はひとまず、修復へと動き出した。バイデン現政権が関係改善を急ぐ背景には、北極圏への進出に積極的なロシアや中国を牽制する狙いがあるとみられている。(写真はイメージ。Yahoo画像から引用)

 

 そもそも両国関係が悪化した原因とは何だったのか。2019年8月末、トランプ前大統領が発信したツィートが発端だった。当時、デンマーク訪問直前にデンマーク自治領のグリーンランドを「米国が買収する」とツィートしたことで、デンマークのフレデリクセン首相が「馬鹿げた話」と一蹴。トランプ氏のツィートを多くのメディアも否定的に伝えたことで、ネット上で炎上騒ぎとなった。

 

 では、トランプ氏はなぜ、訪問直前で「グリーンランド買収」をツィートしたのか。この点については、ロシアを牽制するためだったとの見方が浮上している。バルト海を経由してロシアとドイツを結ぶ海底天然ガスパイプライン「ノルド・ストリーム2」(全長約1,200キロメートル)プロジェクトを阻止するための伏線だったようだ。

 

 欧州連合(EU)の欧州委員会は2017年3月、送ガス管建設についてEUが加盟国の取りまとめ役としてロシアと講習すると提案。加盟国の総意として法的枠組みの範囲で交渉すべきと主張した。

 

 これに対し、デンマーク政府は外交・国家安全保障上の問題としてノルド・ストリーム2建設を拒む権利を含んだ法改正の検討に入っていた。当時、同国政府は国内法に則り、建設の是非を決定すべきと主張した。(最終的にデンマーク政府は建設に合意した)

 

 他方、自国産天然ガスないしは液化天然ガス(LNG)を欧州諸国などに売り込みたいトランプ氏にとり、ノルド・ストリーム2の建設は何としてでも阻止したいところだった。ところが、ドイツのメルケル首相はトランプ氏に同調するどころか、この問題を巡り、かえって険悪な関係になってしまった。

 

 デンマーク政府が建設を「ノー」と言えば、ノルド・ストリーム2計画は事実上、頓挫する。トランプ政権としては、最後の頼みの綱がデンマークだった。建設工事が最終段階に差し掛かった2019年9月初旬の時点で、デンマークだけが建設可否の判断を明確にしていなかったからだ。

 

 こうした状況下での「グリーンランド買収」ツィートだった。結果的にトランプ氏はデンマーク訪問そのものを土壇場でキャンセルした。以来、両国関係のぎくしゃくは続き、バイデン新政権が関係修復に乗り出した。(米ソ冷戦下、当時のトルーマン米大統領が「グリーンランド買収」に言及したことがあり、大統領としての発言で公となったのは、トランプ氏が初めてではない)

 

 前置きが長くなったが、ブリンケン国務長官はこのほど、グリーンランド購入する意向はないと明言したほか、北極海への進出を粛々と進めるロシアや、参入の機会を虎視眈々と窺う中国の動きを見据えてか、滞在先のデンマークで「法に基づく秩序が必要」と強調した。

 

 ロシアのほか、とりわけ、世界中で法や秩序を度外視する中国の独善的な振る舞いを食い止めるため、バイデン米政権には北極圏で重要な役割を期待されるデンマークとの関係修復が急務となる。

 

 地球温暖化の影響からか、北極海では近年、海氷面積が減少し続けている。米雪氷データセンター(NSIDC)によると、昨夏の北極海の海氷面積が374万平方キロメートルまで縮小した可能性があると言及、観測史上2番目に小さくなったという。

 

 北極海で航行が可能な海域が広がることで、国際航路として俄然注目を集めるようになったほか、専門機関の調査でエネルギー資源の埋蔵が確認されるなど、経済権益をめぐる各国間の駆け引きも目立ってきた。また、国家安全保障上の拠点としての重要性が増している。

 

 米国、ロシア、中国を中心に北極圏をめぐる新たな覇権争いが本格化するなか、5月19、20日にはアイスランドのレイキャビクで米ロなどが参加する北極評議会の閣僚級会合が開催される。中国もオブザーバー参加する。新たな秩序形成で歩み寄れるのか、中東のホルムズ海峡などと同様、いまや北極圏も地政学リスクの要衝と位置付けられるようになった。


 

在原次郎

 ジャーナリスト。エネルギーや鉱物、食糧といった資源を切り口から国際政治や世界経済の動向にアプローチするほか、コモディティのマーケットにかかわる歴史、人物などにスポットを当てたリサーチを行なっている。『週刊エコノミスト』などに寄稿。