空前の不動産ブームになっている米国で、「不動産バブル崩壊」への恐怖心が急激に広がっている。インターネットの検索サイト、グーグルでは「When is the  housing  market going to crash(住宅市場はいつ崩壊するか)」との趣旨の検索件数が1カ月で2450%増となり、経済メディアがこぞって伝えた。「そもそもバブルではない」と話す専門家もいるが、物件不足、価格高騰は記録的だ。株価の大幅下落が続き、一部で「株価崩壊がいよいよ来たか」とささやかれるなか、不動産に奔走する米国市民は不安を募らせている。

 

 今回の不動産ブームは、新型コロナウイルスから逃れようとする市民が大挙して都市部から郊外に移住しているからだ。金融やテクノロジー業界を中心にリモート勤務が増え、学校もバーチャル授業となったことから、他人との距離が保ちやすい人口過密でない地域に引っ越す世帯が相次いでいる。住宅ローン金利が歴史的に低い水準にあることもブームを加速させている。

 

 

グラフ

 

 

 動きがあまりに急であるため、新たな住宅建設が追いつかず、住宅市場は中古も含め需要が供給を大幅に上回り、極度の在庫不足に陥っている。

 

 不動産市場に登録された売却希望物件数は今月1日現在、前年より52%減(全米不動産業協会、今月1日現在)と記録的に少ない。

 

 市場に出てから取り引きが成立するまで、通常は60日といわれるが、現在は20日程度。ニューヨークやロサンゼルスで、日本人が日本にいる感覚で慎重に物件を選んでいると、先を越されてしまうケースが当たり前のようにあるが、この動きがさらに加速し、米国人でも驚くほどハイスピードで取り引きされる。地域によっては現地で物件を見ることもなく決まるということは珍しくない。それどころか、物件の価格を聞く前に買い注文を出す人もいる、という。

 

 また、他者と競争になった場合、より良い条件にしようと、現金で支払うケースが増加している。

 

 深刻な供給不足は物件価格の急上昇を招いている。平均物件価格は前年より15.4%増(同)。38週間連続で二桁の増加だ。

 

 高所得層が給与水準を維持したまま、これまで物件価格が安価だった地域に転居することが多いことから、不動産価格の上昇に拍車をかけている。

 

 今回の不動産ブームの大きな特徴は、人の動きが内陸部に向かっていることだ。大都市の近郊への移住もあるが、さらに遠くの中小都市を目指す傾向が強い。

 

 ウォール・ストリート・ジャーナルなどは毎年、新興住宅地ランキングを発表しているが、先月発表された2021年版の「ベスト10」は次のようになっている。

 

  1 コーダレーン(アイダホ州)

  2 オースティン、ラウンドロック(テキサス州)

  3 スプリングフィールド(オハイオ州)

  4 ビリングス(モンタナ州) 

  5 スポケーン(ワシントン州)

  6 ラファイエット、ウエスト・ラファイエット(インディアナ州)

  7 リノ(ネバダ州)

  8 コンコード(ニューハンプシャー州)

  9 マンチェスター、ナシュア(ニューハンプシャー州)

  10 サンタクルーズ、ワトソンビル(カリフォルニア州)

                                        【The Wall Street Journal and Realtor.com.】

 

 このランキングは通常、フロリダ州やアリゾナ州など「サンベルト」と呼ばれる南東部から南西部にかけての温暖な地域の都市が選ばれることが多い。しかし、2021年版はパンデミックでの移住ということで特徴的な内容となっている。

 

 1位のコーダレーンはアイダホ州北西部の都市。シアトルから東に約500キロの地点にあり、川や湖に囲まれた美しい街だ。かつては鉱業で栄えたが、現在はリゾート地として人気がある。州は違うが5位のスポケーンの衛星都市で、同じ経済圏を形成している。スポケーンはシアトルに次ぐワシントン州第2の都市で、治安も良い。

 

 コーダレーンとスポケーンはロサンゼルスやサンフランシスコからの引っ越し組が多い。新型コロナだけでなく、度を越した交通渋滞や忍び寄る山火事の恐怖から逃れて、静かに暮らしたいと考えている西海岸市民の受け皿となっている。

 

 西海岸の移住組で、さらに内陸を目指す市民は、アイダホ州を過ぎてモンタナ州に入る。4位につけたビリングスはコーダレーンから東に820キロ。車ならインターステート(州間高速道路)90号をひた走り、ロッキー山脈を越えると現れる。

 

 ビリングスは北部の鉄道の拠点として貿易などで栄えた。急成長ぶりから「マジック・シティー」と呼ばれた。小売り、金融、エンターテイメントなど現在も幅広い分野の産業が育ち、起業家も集う。

 

 もう少し、近場での引っ越しを希望する市民は7位のリノだ。サンフランシスコからインターステート80号で東に約350キロ。カリフォルニア州を出てネバダ州に入るとすぐのところにある。同じネバダ州のラスベガスよりもカジノの街としては古い。周辺にはスキーリゾートなど高級別荘地がある。

 

 東海岸に目を向けるとニューハンプシャー州で2カ所選ばれている。8位のコンコードは州都。ニューヨークの北東約430キロ、ボストンの北北西約100キロに位置する伝統ある学園都市だ。

 

 10位までには入っていないが、ペンシルベニア州アレンタウンも注目されている。ニューヨークから西に約170キロ。ビリー・ジョエルのヒット曲「アレンタウン」はこの街をテーマにした。重工業の衰退で一時、荒廃したが、サービス業など新しい産業の育成に成功し復活した。

 

 日本人にはなじみのない都市ばかりが並んだが、では不動産バブルはいつ崩壊するのか。2008年にはサブプライム住宅ローンのバブルがはじけてリーマン・ブラザーズが破綻し、大規模な金融危機となった。多くの専門家は、現在の金利が歴史的なレベルで低いことや、住宅ローンの融資基準が非常に厳しいことなど、当時との違いをあげて、崩壊するような事態にはならないと主張する。

 

 ただ、歴史的に経験したことのない不動産ブームになっているのは事実で、これまでの経験や知識がどこまで通用するのかは疑問だ。物件価格の値上がりはしばらく続きそうで、あっという間に膨張した住宅市場への不安も膨らみ続ける。

 

 

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Taro Yanaka

 街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

 専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

 趣味は世界を車で走ること。