日本でイスラム国はもはや過去の記憶になりつつある。2017年、「首都」シリアのラッカがクルド人部隊の総攻撃で陥落し、2019年初頭に最後の拠点バグズが陥落、拠点を喪失し事実上の壊滅となった。が、残党は各地に潜伏、山賊と化し治安部隊や地元民への襲撃を繰り返している。イスラム国「壊滅」以来、古くて新しい問題がインフラへのテロ行為だ。イスラム国のテロリストは5月5日、大油田地帯キルクークで油井を爆破・放火し、警官・軍兵士を殺害した。先月17日も同様に、ISISと疑わしきテロリストがキルクーク近郊で油井を爆破したことが報じられている。(写真はイメージ。Yahoo画像から引用)

 

 キルクークはイスラム国との戦争中クルド人が支配下に置いていたが、2017年にイラン傘下のシーア系武装勢力が占領した。キルクーク一帯は、クルド人、アラブ人、トゥルクメン人が雑居し、紛争が耐えない地域だ。イラク、特に北部の油田はクルド系勢力など様々な勢力に支配される複雑な地域で、監視の目は届きにくい。イスラム国は、そうした状況に目をつけ、当初より石油をトルコに密輸することで莫大な利益を上げてきた。イラクの石油問題の申し子と言えるイスラム国はいま、石油関連施設を攻撃し、情勢の不安定化を狙う。

 

 イスラム国の復活論が語られることが多い。クルディスタン地域の2大勢力・クルディスタン愛国者連盟(PUK)のラフール・タラバニ共同代表は、最近のテロ攻撃を受けてイスラム国に復活について警告した。タラバニ氏は、情報部門を担当していたこともあり、イスラム国の脅威については肌で感じていたに違いない。ただ、結論からいうと、イスラム国が復活することはありえない、ましてイスラム国前身の「イラクのアルカイダ」レベルの脅威になることもない。

 

 タラバニ共同代表の重要な指摘は、イスラム国はいままで完全に掃討されたことはないということだ。イラクにおける「首都」とされたモスル解放から4年、クルド系勢力とイラン系勢力の緊張は、イスラム国をテロ攻撃遂行能力を保持したまま、山中などに潜伏することを許している。

 

 米軍のイラク撤退も懸念材料だ。先月ロケット砲攻撃に曝されたバグダッド近郊のバラド空軍基地には、基地を防衛する外国軍部隊が全く存在しないと、イラクの安全保障顧問が認めた。米軍撤退はイスラム国のみならず、イランの活動に対する抑止力喪失を意味する。それゆえ、イラン傘下のシーア系武装勢力によるスンニ住民への暴力も増し、シーアへの恨みがイスラム国の募兵を容易にする。

 

 イスラム国は混沌の中にあってのみ生きることができる。付言すれば、いずれかの勢力にとって好都合な限り、生き残ることができる。クルド勢力、シーア民兵にとってイスラム国は不倶戴天の敵だ。一方、クルド勢力とシーア民兵も対立する。イスラム国がある勢力を攻撃することが、それと敵対する勢力にとって好都合という状況が、イラク軍を含む各勢力の一致したイスラム国掃討を阻んでいる。

 

 ただ、イスラム国掃討の最大の壁になっていたイラク政府とクルディスタン地域政府の対立は、歩み寄りはキルクーク陥落時より格段に進んだ。米軍も特殊部隊のみ残すなど、文字通りの完全撤退は行わないだろう。イスラム国が強大になることは考え難いが、エネルギーの安定供給にも絡む、10年単位で解決しなければならない地域の課題であることに変わりはない。


 

Roni Namo

 東京在住の民族問題ライター。クルド人を中心に少数民族の政治運動の取材、分析を続ける。クルド人よりクルド語(クルマンジ)の手ほどきを受ける。2020年7月、日本の小説のクルド語への翻訳を完了(未出版)。現在はアラビア語学習に注力中。ペルシャ語、トルコ語も学習経験あり。多言語ジャーナリストを目指す。