貿易面で中国と豪州との対立が熾烈さを増すなか、中国政府はこのほど、中豪戦略経済対話について、すべての活動を全面的に無期限停止にする措置に踏み切った。報復合戦はいつまで続くのか-それを占う試金石として鉄鉱石と液化天然ガス(LNG)貿易の動向がカギを握るとの見方が出ている。(写真はYahoo画像から引用)

 

 中国国家発展改革委員会5月6日、中豪戦略経済対話の活動について全面的かつ無期限に停止すると発表した。これに対し、豪州側はテハン貿易相が間髪いれず「中国の決定に失望している」との声明を発した。

 

 中豪による戦略経済対話が最後に開催されたのは2017年だ。その翌年、高速通信規格である「5G」について豪州が中国の通信機器大手「華為技術」(ファーウェイ)を排除すると決定したことで、両国関係は悪化の一途を辿る。

 

 とりわけ、報復合戦が激しさを増すようになったのは約1年前だ。新型コロナウイルスの発生源をめぐり、モリソン豪首相が中国(武漢)での国際調査を求めたことに端を発した。当然ながら、中国は猛烈に抗議した。

 

 豪州政府が具体的な動きに出たのは今年4月下旬だった。中国が推進する巨大経済圏構想「一帯一路」政策に関連し、ビクトリア州政府が中国と締結した協定を破棄すると発表。この措置は昨年末、州政府や地方政府が外国と締結した協定を破棄できる法律(外国関係法)を制定したことに基づくものだ。

 

 また、中国企業が豪州のノーザン・テリトリー(北部準州)と締結したダーウィン港をめぐる99年間に及ぶ貸借契約について、豪州政府は近く利用制限などの措置を講じるとの報道も伝わる。

 

 中国側の反応は速かった。2020年5月、中国は豪州産大麦に対する反ダンピング(不当廉売)で約80%の関税を上乗せする措置を講じた。これを皮切りに、中国は豪州産の石炭やワイン、木材などの輸入制限を次々に打ち出した。豪州は同年12月16日、対抗措置として世界貿易機関(WTO)への提訴に踏み切った。

 

 2020年6月以降、中国は豪州産石炭を運ぶ輸送船の入港を許可せず、多くの運搬船が中国沖合に滞留する事態を招いた。豪メディアなどによると、現在も数十隻が沖合停泊を余儀なくされているそうだ。他方、同年8月、豪州は中国の乳業企業が豪州の同業企業を買収することを阻止するなど、双方による制裁はエスカレートしていった。

 

 双方ともに自国の主張を曲げないなか、対立のゆくえを占う上で注目されるのが、豪州産の鉄鉱石とLNGという。

 

 ある大手商社の関係者は「米国のトランプ前政権がイランに対する制裁の切り札としたのが石油禁輸だった。豪州の鉄鉱石も同じ位置付けで、死活問題となる。ただ、中国にとっても打撃となる」と指摘。その上で「制裁手段として中国が鉄鉱石の禁輸に出た場合、貿易紛争から安全保障問題へと様変わりする」(同)と付け加えた。

 

 中豪双方にとり、鉄鉱石が決定的な意味を持つというわけだ。中国がこれまで、輸入規制の対象に取り上げなかったのは、鉄鉱石やLNGが豪州以外に代替できないという事情があったためと考えられる。中国が豪州最大の貿易相手国となったのは2018年だ。2国間の貿易総額は同年、2,150億ドル相当となり、鉄鉱石の占める割合が高い。

 

 戦略経済対話にかかわる無期限停止の発表を受けて、外国為替市場では豪ドルが売られた。他方、ロンドン金属取引所(LME)では、銅やアルミニウムなど非鉄相場が軒並み上伸した。今後、鉄鉱石やLNGが制裁対象として浮上すれば、これら商品価格にも影響が出ることは必至だ。

 

 石炭、大麦、ワインといったように、小出しに繰り出される制裁の行き着く先には鉄鉱石やLNGがあり、戦略物資として外交カードに利用されるだろう。振り上げた拳をどちらが先に下ろすのか、中豪双方の心理戦、持久戦はしばらく続きそうだ。



 

在原次郎

 コモディティ・ジャーナリスト。エネルギーや鉱物、食糧といった資源を切り口から国際政治や世界経済の動向にアプローチするほか、コモディティのマーケットにかかわる歴史、人物などにスポットを当てたリサーチを行なっている。『週刊エコノミスト』などに寄稿。