昨年、日本では、2050年までに温室効果ガス排出量の実質ゼロを目指す“2050年ネットゼロ宣言”が遂に公式に掲げられた。韓国も同じく2050年、中国は2060年と、それぞれの目標が公式に宣言された。2050年ネットゼロ移行の波は、今や世界中に波及し、ますます高まりを見せていると言えるだろう。

 

 対して豪州では、どうだろうか。2050年ネットゼロへの賛同は多く見られ、またスコット・モリソン首相も、原則的にはこれを支持する前向きな姿勢を示しているが、未だ政府としての公式な宣言は発表されていないのが実情だ。具体的には、パリ協定にならい2030年までに自国の排出量を2005年比で26~28パーセント削減するという“2030年排出量削減目標”は、すでに数年前時点で設定されているものの、2050年ネットゼロに関する公式な声明はまだ、というのが正確なところのようである。

 

 豪州が2050年ネットゼロ宣言に至っていない理由、事情は色々あるだろうが、大きな要因として、石炭(ビジネス)から抜けることが難しいという側面が挙げられよう。豪州政府、政治家の中にも石炭支持派は依然として居るようで、例えば4月27日の豪ファイナンシャル・レヴュー(AFR)紙には、「モリソン首相は、豪州の気候変動対策強化を望んでいる国際社会へのアピールと、自国のエネルギーミックスにおいて石炭が果たすべき役割はまだ大きいと考えている国民党議員の反乱を回避することの間で、微妙なバランスを取ろうとしている」といった記述も見られる。

 

 5月6日には、英国のボリス・ジョンソン首相が、2050年までに二酸化炭素の排出をゼロにすることを豪州に求めるような発言をしたという報道も入ってきた。オーストラリアン紙によれば、ジョンソン首相は、豪全国紙やテレビ局などを抱えるメディア機関News Corp Australiaに、「汚れた石炭から逃れない限り、山火事の増加を含む“壊滅的な地球温暖化”が進行する」と警告したとのことである。

 

 国家としての公式宣言の有無に関わらず、ネットゼロへ向けた削減努力が求められている中で、豪州国内では、先に述べた2030年の排出削減目標は現実的なものであり、確実にクリアできるという見方が多いものの、2050年のネットゼロ目標を達成するためには急ピッチでの改革が、あるいは舵を取り直す必要があるという見方が多いように感じられる。

 

 Angus Taylor豪州エネルギー・排出削減大臣は、先月2GBのインタビューにおいて、「カナダ、ニュージーランド、日本、インド、米国——これらすべての国を凌駕している」、「我々は成果を上げている」と豪州を擁護し、AFR紙にも、2050年ネットゼロ目標のできるだけ早い達成を勿論望んでいると語っているが、労働党議員からは、政府は2050年目標に取り組んでいると言っているだけだ、つまり見せかけであるとの非難が出ているし、煮え切らない政府の態度を批判的に捉えている様子の国内報道も目につく。

 

 州政府・各自治体も政府の曖昧な姿勢にやきもきしているように映る。例えばモリソン首相は最近ジョー・バイデン米大統領主催の気候サミットに参加、演説を行ったが、VIC州のLily D'Ambrosio気候変動相は、首相のこの演説内容に関して「恥ずかしいものだった」、「あの内容はVIC州が目指すものではない」などの発言をしており、政府の方針に対する州政府の苛立ちが表れている。

 

 そのVIC州は今月あたま、2030年までに州の温室効果ガス排出量を半減させるという、待望の、そして州独自の目標を発表した。これは勿論2050年までにネットゼロを達成するという計画に沿ったもので、具体的には、学校、病院、警察署などの政府機関では、2025年までに再生可能エネルギー100パーセント使用が達成されることになるという。

 

 ところで、豪州の全国電力市場(NEM)の経済モデルを開発しているメルボルン大学内Grattan研究所のTony Wood氏は、4月11日に公開した文書において、豪州が電気代を抑えるために石炭火力発電所に頼り続ける必要があるというのはもはや神話であると指摘。再生可能エネルギーを100パーセントにすることを急ぐ必要はないという立場は取りつつ、まずは再生可能エネルギーを70パーセント使用するシステムに移行し、つまり現在の石炭火力発電所の約3分の2を閉鎖することを提案している。この割合であれば、電力コストの大幅な上昇なしに、排出量を劇的に削減できることができるという。

 

 5月4日には、豪州初の水素と天然ガスの両方を燃料とするハイブリッド発電所のNSW州への建設も発表された。2023〜24年の稼働開始を目指しており、早ければ2025年にもグリーン水素の使用が開始される可能性があるとのこと。NSW州Matt Keanエネルギー相は、「2050年までにネットゼロを目指すNSW州の計画に合致した、ガス発電機の新たな基準となるもの」であると述べており、期待がかかる。

 

 世界的に2050年ネットゼロ達成へと向けた勢いが過熱する中、あるいは少なくともその目標を公式に宣言することが外交の中でも求められている中、豪州も最終的には足並みを揃える必要があるものと思われるが、どのタイミングでこの目標を宣言するのか、そしてその宣言と共に豪州の石炭依存事情はどのように変化を見せるのか、引き続き注視したい。

 

 

(A.Crnokrak)

 

 

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 豪州シドニー在住。翻訳・執筆のご依頼、シドニーにて簡単な通訳が必要な際などには、是非お声がけください→MIRUの「お問い合わせ」フォーム又はお電話でお問い合わせください。

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