南米コロンビアで政府の増税案に反対する市民と治安部隊が衝突し、警察官の発砲などで20人近くが死亡した。また、多数の市民が逮捕され、政府の強権的な姿勢が国際社会から厳しい批判を浴びている。増税案は新型コロナウイルスの感染拡大で深刻な影響を受けた国家財政を立て直すことが目的だった。失業の増大など日々の生活に苦しむ国民の強い反発で政府は増税案をいったん取り下げられたが、市民のデモは続いている。パンデミックの中で財政再建に具体的に取り組んだのは、ラテンアメリカではコロンビアが初のケース。騒乱と弾圧、通貨下落を招く結果となり、周辺国のみならず世界に、新型コロナ後の財政再建の難しさを見せつけた。(写真はコロンビアの国会議事堂。Yahoo画像から引用)

 

 コロンビアは慢性的な財政赤字に苦しんできたが、新型コロナウイルスの感染拡大で国家経済は大きなダメージを受けた。コロンビア国家統計庁によると、2020年のコロンビアのGDP(国内総生産)の成長率はマイナス6.8%で、この半世紀で最悪となった。コロナ禍による外出禁止措置が長く続いたことから、GDPの7割を占める消費が大きく落ち込んだ。今年3月の失業率は16.8%。貧困層の割合は約7ポイント増加し42.5%となった。

 

 今年に入り金融市場でコロンビアの国家財政への不安が広がったことから、右派のドゥケ大統領は4月、財政破綻を防ぐため増税案を国会に提出した。一部の層で所得税をアップし、付加価値税の対象をこれまで免除されていた公共料金や日常の基本的な食料品にも課すようにする内容だった。

 

 政府は増税について、低所得者向けの生活支援の補助金を維持するための措置などと説明していたが、多くの国民は金持ち優遇の増税だと猛反発し、4月28日以降、首都ボゴタのほか、メデリン、カリなど都市を含め、全国規模で大規模なデモが発生した。商店主や労働組合員、教師、大学生、定年退職者らが街を練り歩き、政府に増税案の撤回を求めた。

 

 コロンビア国内は、新型コロナウイルスによる1日当たりの死者が600人を超えるなど、大きな感染の波に襲われている。コロナ病棟での入院治療は収容能力のほぼ100%に達した。このためボゴタの裁判所は健康への脅威があるとしてデモは違法だとの判断を下した。

 

 これを受けてボゴタのロペス市長がデモを延期するよう呼びかけたが、新たな夜間外出禁止などパンデミックによる規制と増税案にストレスを溜めた市民らが政治、司法、行政側の警告を無視してデモを続けた。

 

 風船を持って行進するなど、デモはほとんどが平和的に行われていたが、警察の機動隊が催涙ガスをデモ隊に向けて使用したことなどから、各地でデモ参加者と警官隊とが衝突、政府は軍隊を投入してデモに対する規制を強めた。

 

 こうした状況下、ウリベ元大統領が自身のツイッターでデモを「テロリズム」と表現して非難。軍人や警察官が自らを守るために武器を使用することをコロンビア国民は支持するべきだ、と書き込んだ。

 

 デモ参加者はウリベ元大統領の書き込みに怒りをあらわにしたことを受けて、ツイッター社は「暴力を賛美している」としてウリベ元大統領の書き込みを削除した。

 

 一方、ウリベ元大統領を師と仰ぐドゥケ大統領は軍隊の配備を増強した。このため治安部隊とデモ参加者との衝突は先鋭化し、デモ参加者の死亡が相次いだ。

 

 地元オンブズマンの調べでは、4月28日から5月3日までの死者は19人に上り、うち18人はデモに参加していた市民だった。430人以上が逮捕され、87人が行方不明になっているという。欧米のメディアも関心が高く、ニューヨーク・タイムズ紙は、頭を撃たれた若者や催涙ガスを吸い込んだ年寄りなど、デモ参加者の死因について詳しく伝えた。

 

 国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)もコロンビア情勢に重大な関心を示しており、同国政府に対し、市民がデモも行う権利を尊重するよう求めた。また、衝突が激しかったカリでの治安当局などの対応について調査を始めている。

 

 ドゥケ大統領は2日に増税案を取り下げ、別な内容の財政再建案の作成に取り掛かった。3日にはカラスキラ財務相が事態を招いた責任を取って辞任した。

 

 一連の混乱でコロンビアの通貨、コロンビア・ペソは1日で2%近く下落するなど、金融市場でコロンビア経済への不安が急速に広がっている。

 

 コロンビアは財政赤字に苦しんでいるとはいえ、他の南米諸国であるようなハイパーインフレが起きたことはなく、「隠れた新興経済大国」として投資家に注目されてきた。事態の推移次第では金融市場を揺るがすことにもなりかねない。

 

 コロンビア情勢は市民レベルでもラテンアメリカ社会に衝撃として広がっている。アルゼンチンでは首都ブエノスアイレスのコロンビア大使館の前に市民が集まり、コロンビアの治安部隊を非難した。

 

ドゥケ大統領は財政再建策についての国民的対話を呼び掛けているが、デモに対しては一歩も譲る気配はない。ボゴタなどではデモを封じ込めるため戦車が出動している。デモは「増税阻止」だけでなく、「治安部隊による弾圧への抗議」という色合いが濃くなりつつあり、緊迫の度合いが強まっている。


 

Taro Yanaka (ジャーナリスト)

 

街ネタから国際情勢まで幅広く取材。専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。趣味は車で世界中を走り回ること。