ワクチン接種が急ピッチに進むニューヨーク市は「ポスト・コロナ」に動き出しているが、街に活気が戻ってきたとは言えない。ホームレスの急増、治安の悪化は、もはやニューヨーカーの見慣れた光景となり、マンハッタンがスラム化するのではないかと懸念する市民もいる。(写真はいずれも筆者が撮影)

 

 高級ブランド店が立ち並ぶ5番街の様子だ。人通りも、走る自動車の数もまばらだ。写真左はベルサーチ、その隣がロンシャン。中央のクラッシックな建物は大聖堂で有名なセント・パトリック教会である。まさに5番街の「ど真ん中」だ。歩道に小さく座り込む黒い人影はホームレスである。

 

 撮影したのは4月22日(木)の午後。新型コロナ感染拡大前、木曜日の市内は平日の人出のピークでもあった。ニューヨーク市に住む富裕層は、木曜日の午後になると、週末を郊外の別荘で過ごすために移動を始めた。こうした人々の動きに合わせて経済活動が営まれていたため、木曜日の交通渋滞は金曜日よりもひどく、5番街には人があふれていた。

 

 しかし、新型コロナが5番街の風景をすっかり変えてしまった。レストランの店内営業が再開され、徐々に通常の生活に戻りつつあるものの、まだ、新型コロナの傷跡のほうが多く目に飛び込んでくる。

 

 

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 この場所から1ブロック、セントラルパーク寄りにあるセント・トーマス教会の石段にもホームレスの姿があった。手にはプラスチックのカップ。道行く市民からの施しのコインが数枚入っていた。約3ブロック先にはトランプ前大統領が住んでいた「トランプタワー」がある。

 

 

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 5番街の西、こちらもマンハッタンの中心部、タイムズ・スクエアとブロードウエイの劇場街に隣接するヘルズキッチン地域にあるセント・ルークス・ルーテル教会には無料の食事とスープを手に入れようと長い列ができていた。この教会の炊き出しは毎週火曜日と木曜日の午後1時から2時に行われている。温かい食事とスープは職を失った市民にとっては何よりのご馳走である。空腹を満たし、しばし元気を取り戻せる。

 

 ニューヨーク市は新型コロナの感染拡大後、民間のホテルを借り上げ、ホームレスの避難施設にした。ヘルズキッチン地域には、こうしたホテルが多く点在している。ブロードウエイの劇場はまだ再開されていないが、華やかなブロードウエイはいまや、こうした実情と背中をつき合わせているのだ。

 

 厳しい冬が終わったことからニューヨークのデブラシオ市長は、ホテルを借り上げたホームレス救済事業を止める方針を明らかにした。経済再生のための観光誘致キャンペーンを6月から始めることもあり、いつまでも緊急的な制度を続けられなくなった。

 

 感染拡大後、ヘルズキッチン地域の治安の悪化は著しい。この地域を管轄するニューヨーク市警察本部ミッドタウン南分署管内では、今年に入り犯罪件数は約8%増加した。特に強盗、暴行、侵入盗の増加が深刻だという。3月末にあったアジア人女性暴行事件も、この地域で起きた。

 

 記者は10年ほど前、ヘルズキッチン地域に住んでいた。元々は治安の悪い地域だったが、当時は経済も安定していたため、治安に問題はなく、洒落た街に変貌を遂げようとしていた。しかし新型コロナウイルスで、ヘルズキッチンは再び暗い街に戻ってしまいそうである。地域住民からは、救済事業が終わり、さらに治安が悪化するのではないかとの不安が広がっている。

 

 ヘルズキッチンだけでなく、最近のニューヨーク市を歩いて気になることは、どこに行っても大麻の臭いがついて回ることだ。広い道を歩いていても、建物の中にいても、甘ったるい臭いが漂ってくる。ニューヨーク州が娯楽目的の大麻の仕様を合法化したためだが、大麻に無縁な人間からすると不愉快な臭いだ。

 

 街では、薬物中毒者をより頻繁に目の当たりにするようになった。パンデミックが収束していない最中での大麻合法化が適切な判断だったのか、市民の意見も分かれている。

 

 

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 ブルックリンからマンハッタンに車で移動した際のことだ。マンハッタン橋を越えると信号ごとに、運転手にカネを要求する人たちの姿があった。年末のリポートでもマンハッタンの中心部でこうした光景が見られたことを記したが、その数は増加し、マンハッタン全域に広がっている。

 

 ニューヨーク市ではこうした光景は景気のバロメーターと言われていたが、もはや当たり前の存在となった。写真の男性は杖をつきながら信号で停車している車をぬうように歩き、カネの無心を続けていた。運転の荒いドライバーが多いニューヨーク市では極めて危険である。

 

 

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 地下鉄の利用者は急速に戻りつつある。新型コロナ感染拡大前は1日平均550万人の利用があったが、パンデミックによって一時、利用者は90%減少した。4月23日の利用者数は210万人。まだかつての半分以下ではあるが、駅に人が戻ってきた。

 

 地下鉄車内や駅構内では、アジア人を対象にした暴行事件が絶えない。ニューヨーク市の地下鉄は、車掌は中心あたりの車両に乗って勤務している。慎重なアジア人は身を守るために車掌が乗務している車両を選んで乗車する。

 

 

Taro Yanaka

 街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

 専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

 趣味は世界を車で走ること。