シリア人民議会は21日、5月26日に大統領選を実施することを明らかにした。シリアは、バース党の一党独裁体制もと、アサドファミリーとそれに連なる軍人、実業家による寡頭支配体制である。ただ、名目上は議会制民主主義の国であり、野党勢力も存在する。多くの政党は進歩国民戦線という超党派組織に加盟させられ、バース党支配への協力を余儀なくされる。選挙の透明性は皆無で、バース党が単独で過半数を占めているものの、今回の選挙には初の女性候補が出馬することに注目が集まっているようだ。(写真はアサド大統領。Yahoo画像から引用)

 

 今度の選挙もご多分に漏れず出来レースであり、国民の多くが国外脱出する現在、有権者の数も多くない。トルコに拠点を置く反体制派系メディアは、在外投票も認められているが正式に出国していない難民には認められていないと批判する。投票には、大使館にどの国境、空港から出国したかのスタンプを提示することが必要とのことだ。

 

 何もなければ、アサド大統領が国民から信任を得たという茶番を実施したというだけで終わる話であるが、女性候補者が初出馬することでちょっとした話題になっている。報じられた内容によると、この女性について知られていることは僅かで、現職大統領の対抗馬となり得る可能性は限りなく低い。実際、形だけでの大統領選において他の候補者はお飾りに等しい。ただ、同じ独裁体制といえども湾岸の王政国家に比べれば幾分民主的ということになる。

 

 ただ、お飾りとはいえ、女性の出馬に選挙を批判する反体制派は弱点を突かれた格好となった。女性は、反体制派の支配地域と比べれば、アサド政権の支配地域において遥かに自由を謳歌できる。田舎はともかくとして都市部であればベールを強要されることもない。女性兵士というとクルド人部隊が世界的に有名となったが、シリア政府軍にも女性部隊が存在する。主力のシリア・アラブ軍の補助部隊である祖国防衛隊は女性を戦闘員として採用している。朝日新聞もかつてシリア政府軍に女性兵士が増加と報じた。家族を守るため、反体制派に家族を殺された復讐をするため入隊するケースもある。主力部隊がテロリストから解放した地域の治安維持を担当し、クルド人の女性部隊のように前線に出ることは少ない。女性兵士は皆無であるのみならず、支配地域でイスラム法に基づき女性を抑圧する反体制派とは雲泥の差だ。

 

 女性候補者の出馬はシリアを単なる独裁国家と断じることのできない、複雑さを象徴している。アサド独裁体制は、アラブ社会で疎外される少数民族、女性を守る力として機能している。アナトリアで虐殺・追放の憂き目にあい、シリアへ逃れたアルメニア人をアサド大統領は先代から保護してきた。ただ、クルド人だけは父ハーフィズの代から迫害されてきた。反体制派は本来、アサド政権打倒のためにクルド人を巻き込む必要があったが、アサド以上にクルド人へ冷淡な態度を示し、結果としてクルド人は第三勢力を結成し、対立することになった。

 

 イスラム主義者が率いる反体制派勢力は、こうした少数派を抑圧する「自由」を求めていた側面がある。シリアで民主主義を唱えることは、多数派、スンニ・アラブの専制を要求するとみなされることがある。今回の選挙がシリアの民主化を求める者たちに何らかの気づきを与えればよいが、反体制派系メディアを見る限りその望みは薄い。


 

Roni Namo

 東京在住の民族問題ライター。クルド人を中心に少数民族の政治運動の取材、分析を続ける。クルド人よりクルド語(クルマンジ)の手ほどきを受ける。2020年7月、日本の小説のクルド語への翻訳を完了(未出版)。現在はアラビア語学習に注力中。ペルシャ語、トルコ語も学習経験あり。多言語ジャーナリストを目指す。