エネルギー関係で働く人なら知っておいたほうがよい選挙が先週末に行われた。南米エクアドルとペルーの大統領選である。エクアドルの決選投票では右派の元銀行頭取、ギジェルモ・ラッソ氏(65)が勝利した。一方、ペルーでは「極左」とも称される学校教師、ペドロ・カスティーロ氏(51)が得票率でトップとなり、2位に付けた右派のケイコ・フジモリ氏(45)=アルベルト・フジモリ元大統領の長女=と、6月の決選投票で激突することになった。エクアドル、ペルーともに大方の予想を覆す展開で、政治腐敗にうんざりした国民の怒りが背景にある。(写真はイメージ、Yahoo画像から引用)

 

 産油国のエクアドルは原油価格の低迷で経済が悪化。新型コロナウイルスの感染拡大が追い打ちをかけた。昨年の成長率はマイナス7・8%。国の債務総額は640億ドルで、GDP(国内総生産)の63%に相当する。このうちの450億ドルは対外債務だ。約1,700万人の国民のうち3分の1が貧困にあえいでいる。

 大統領選は2月に1回目の投票が行われた。この際は左派の経済学者、アンドレス・アラウス氏(36)が約32%の得票率でトップだったが、過半数には届かなかった。ラッソ氏は1回目の投票で原住民活動家、ヤク・ペレス氏(52)と激しい2位争いを演じ、辛うじて決選投票に駒を進めていた。この時の得票率は約20%で、アラウス氏とは約12ポイントの差があった。このため決選投票ではアラウス氏が有利だとみられていた。実際、決選投票直前の世論調査でも優位が伝えられていた。ところが決選投票のふたを開けてみると、ラッソ氏が約52%の得票率で勝利した。

 今回の決選投票は「コレア派と反コレア派」の戦いだった。

 エクアドルでは、汚職の懲役刑を逃れるためベルギーに亡命中の元大統領、ラファエル・コレア氏が政治的に大きな影響力を維持している。2007~2017年まで大統領を務め、キューバ、ベネズエラとの関係を深めると同時に、中国との経済関係を強化し、原油を元手に多額の融資を受けた。アラウス氏はコレア派の若きリーダーだ。

 ラッソ氏は、コレア政治の流れを止めることを有権者に訴えた。海外からの投資を呼び込んで雇用を拡大させ、コレア氏、その後任のモレノ大統領が対立したIMF(国際通貨基金)と共同歩調をとりながら、本格的な経済再建を目指すと訴えた。

 しかし、今回の決選投票のポイントは、これまでのような単純な左右の対決ではなかった。決戦投票には進めなかったが1回目の投票で強い存在感を示したペレス氏の票をどう獲得するかがポイントとなった。

 ペレス氏は「環境左派」を自任し、先住民活動家として環境保護や地球温暖化防止などを訴えた。それだけでなく、女性の地位向上、LGBTQの権利拡大、中絶、同性婚への支持など世界的なテーマを公約に入れた。その上でコレア派による政治の流れを「腐敗した権威主義者」と断罪した。

 エクアドルの国勢調査では先住民族の割合は8%程度で、これまでも先住民候補は成功しないというのが定説だったが、2019年にアスアイ県の知事となり、全国的に名前が知られるようになった。腐敗と戦う姿勢などが有権者の心をつかみ、1回目の投票では「ダークホース」と言われ、旋風を吹かせた。

 ペレス氏の支持者を振り向かせるため、ラッソ氏は、決選投票に向けて右派色を薄めて戦った。自然保護のセーフガードの制定などを公約としたほか、原住民の就労機会の改善などに取り組むことを掲げた。

 ペレス氏は支持者に対し決選投票の棄権を訴えたが、腐敗を厳しく追及するペレス氏の訴えに理解を示した市民は、コレア派政治からの脱却を望み、アラウス氏ではなくラッソ氏に多く票が流れたとみられている。

 南米ではこのところ、アルゼンチン、ボリビア、チリと左派政権の誕生が続いた。今回のエクアドル大統領選でいったん、その流れが止まったことになる。


 

 一方で、ペルーで実施された大統領選では「極左」と称されるカスティーロ氏が約19%の得票率でトップとなった。過半数に達しなかったため、約13%の得票率で2位となったフジモリ氏との間で6月に決選投票が行われる。

 今回の選挙には18人が立候補したが、カスティーロ氏は事前の世論調査では上位6位にも入っていなかった。地元メディアなどによると、世論調査が対象としていなかった遠隔農村地域での人気が高く、大方の予想に反した展開となった。

 カスティーロ氏は小学校教師で、労働組合のリーダー。2017年の教員組合のストライキを主導して一躍、全国的に有名になった。

 ペルーではここ数年、汚職による政治の停滞が国民生活に深い影を落としている。政変が相次ぎ、昨年11月には1週間で3人の大統領が決まるという異常事態となった。6月に誕生する新大統領はこの5年間で5人目となる。

 カスティーロ氏は汚職や政治スキャンダルに飽き飽きしたペルー国民に訴えかけた。大統領に就任しても教師としての給料しか受け取らないと公約しており、こうした主張が受け入れられたとみられる。

 新型コロナの感染拡大もあり、ペルー経済は昨年、11%のマイナス成長だった。220万人が職を失ったとも言われ、政治腐敗への国民の怒りは強まっている。


 

 中南米では慢性的な政治腐敗への国民の不満が原動力となって、新しい政治家が誕生している。ソーシャルメディアの普及がその背景にあるが、右派、左派にかかわらず、ポピュリズム的な手法で有権者の心をつかむケースが多い。親米派なのか親中派なのか、右か左かという単純な構図で政治状況を分析していては、国情は理解できない。


 

Taro Yanaka

街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

趣味は世界を車で走ること。