現在、日本政府は出入国管理法の改正を進めている。難民申請者の社会生活を可能とする「監理措置」制度、「準難民」制度の創設については、実際の運用について疑問視する声はあるものの、国際社会からの批判に曝されている難民申請者の長期収容を防ぐことに貢献するだろう。一方で、複数回の難民申請者の速やかな送還を可能にする制度が盛り込まれることが検討されていることを懸念する声は少なくない。強制送還の簡便化は新たな国際的非難を招来する可能性がある。それら難民申請者が母国で抱えている事情を考慮せず機械的に送還処分に付すことで、結果として当該国の人権侵害に手を貸すことになり得るのである。(写真はYahoo画像から引用)

 

 本法改正を懸念する外国人集団の一つがクルド人だ。法改正により難民申請中のクルド人がトルコに強制送還されれば、到着と同時に逮捕されることになることは想像に難くない。在日クルド人は日本で民族の文化・言語を伝える活動をしながら、トルコのクルド弾圧への抗議運動も行っている。エルドアン政権はこうした活動を「テロリストのプロパガンダを拡散する行為」と見做し、トルコで関係者の欠席裁判にも踏み切っている。トルコの刑務所における収容者への人権侵害は国際的にも有名だ。クルド人のみならずギュレン派軍人たちも刑務所内で虐待されていることが伝えられている。当局は不当逮捕された軍人の妻娘を性奴隷として扱うことを公認したとの証言も伝わり、収容者の親族の人権まで踏みにじられている状況だ。在日クルド人団体・日本クルド文化協会は近日、国会へ本法改正における難民申請者への配慮を求める陳情書を提出予定という。

 

 クルド人のみならず母国での不当な扱いを逃れて日本に住むことを選んだ外国人は少なくない。多数の在日ウイグル人も同じく、母国での政治的迫害から逃れるため日本に移住した。中国では100万とも300万人とも言われるウイグル人が「再教育施設」に強制収用されていることは周知の通りだ。在日ウイグル人団体は、日本から中国に帰国すれば収容者送りになる可能性が高いため、在留における特別な配慮を政府に求めている。中国の民族浄化、人権侵害は米中対立の主要な論点の一つとなっている。日本政府もまた中国のウイグル人の人権状況に「憂慮」を表明している。法改正により送還されたウイグル人が強制収容されることになり、そのことがウイグル人活動家の宣伝によって世界に拡散されれば、米国の同盟国としての立場を問われかねない事態にもなり得る。

 

 ミャンマー人についても同様だ。ミャンマーでは軍によるクーデター後、抗議する市民の弾圧が激化しており、この状況でミャンマー人の送還が実施されれば国軍の弾圧に手を貸すとの誹りは免れない。既に日本はミャンマーへの経済進出が国軍を支援していると批判を受けている。在英のミャンマーにおける人権状況を監視する団体が作成した国軍系企業と取引する外国企業をまとめた「ダーティリスト」には日本企業も名を連ねている。日本企業は国策として国軍を積極的に支援する中国企業とはと異なるが、ミャンマーの内政問題にあまりに無頓着であると言わざるを得ない。ミャンマー問題で存在感を示せず、あまつさえ国軍系企業と取引を続ける企業が存在する日本への失望感は日々募るばかりという。覇権主義の中国に対する日本の強みのソフトパワーがミャンマーで揺らぎつつあるなか、それをさらに促進する事態は避けたい。

 

 日本は主権国家として外国人の滞在について許可・不許可を下す権利がある。治安を紊乱する不良外国人については早期に強制送還が下されるようになることに異論を挟む余地はない。ただ、今回の法改正の意図の一つは、外国人の長期収容を防ぐ制度創設により国連をはじめ国際社会の非難をかわすことにある。法改正が人権軽視といった印象を与えないよう、より慎重な議論を求めたい。


 

Roni Namo

 東京在住の民族問題ライター。クルド人を中心に少数民族の政治運動の取材、分析を続ける。クルド人よりクルド語(クルマンジ)の手ほどきを受ける。2020年7月、日本の小説のクルド語への翻訳を完了(未出版)。現在はアラビア語学習に注力中。ペルシャ語、トルコ語についても学習経験あり。多言語ジャーナリストを目指している。