米アラスカ州のアンカレジで開かれたバイデン政権初の米中協議(3月18、19日開催)は激しい言葉が行き交い、双方の溝の深さを浮き彫りにしたが、この協議に合わせるかのように中国は多方面で米国に揺さぶりをかけていた。テスラの電気自動車(EV)に搭載された機能が中国の安全保障を脅かすとして、軍人らによるテスラ車の使用を禁止した。また、米国の経済制裁を受けているイランとベネズエラからの原油買い付けを急激に増やしたり、米国の裏庭である中南米で露骨なワクチン外交を繰り広げるなど、バイデン政権を試すかのような中国の動きが目立っている。(写真はPars Todayから引用)

 

 中国によるテスラ車の使用規制は、アラスカでの米中協議の最中の19日に明らかとなり、世界を駆け巡った。

 

 中国政府が問題にしたのはテスラ車に搭載されたカメラだ。テスラ車には高速道路で自動走行するための「オートパイロット」と呼ばれる機能が備え付けられている。「オートパイロット」の要となるのが360度、250メートル先までを視認するカメラだ。

 

 テスラ車1台に8個のサラウンドカメラが、車の外側を撮影するために設置されている。また、「モデル3」などの車種には、これとは別に車内を撮影するためのカメラが設置されている。これらは将来、利用可能となる完全自動運転に対応するためのものだ。

 

 しかし、カメラの映像が保存され、いつ、どこで、どのように車が使われたかということが分かってしまうのではないかと中国政府は懸念を示している。撮影されたデータの一部が米国に還流され、スパイ行為に利用されていると考えているようだ。

 

 テスラ車の使用禁止の対象となったのは軍人など軍の施設で働いている全ての軍関係者のほか、宇宙開発など国家機密情報に接する可能性のある主要国営企業の従業員らだ。

 

 トランプ前政権は、米国の情報が中国に流れる恐れがあるとして、中国の通信大手、ハーウェイの半導体の禁輸措置に出た。また中国の動画投稿アプリ、ティックトックに対して米国事業の売却を迫った。いずれも安全保障上の懸念が理由となっている。

 

 今回のテスラ車の使用規制は、ハーウェイ、ティックトックへの動きを、中国側がそのまま鏡に映したようなやり方である。「バイデンさん、私たちがトランプさんからやられていたことは、こういうことです」と中国側が皮肉たっぷりに言っているようなものだ。

 

 中国は、世界最大の自動車市場である。テスラが昨年、中国国内で販売した車両台数は14万7000台を超え、世界販売台数の約30%に当たる。さらに今年は中国メーカーとの電気自動車販売競争が激化すると言われており、軍人らへの使用制限はテスラにとって大きなマイナス要因になることは言うまでもない。

 

 この問題が衝撃となって伝えられた翌日の20日、テスラのCEO、イーロン・マスク氏は北京で開催された経済フォーラムにオンラインで出席する予定になっていた。

 

 マスク氏は予定通り出席し、中国のテスラ車の使用規制について「もしテスラが、中国や他の地域で、販売した車をスパイ行為に使っていたとしたら、私たちは会社を閉鎖する」と話し、カメラが撮影したデータの流出を強く否定した。

 

 アラスカでの米中協議とテスラ問題は、時系列でみても見事に絡んでいる。中国がテスラを対米外交の「駒」として使っていることが、読み取れるのである。

 

 中国の揺さぶりは、米国の中東、中南米政策にも及んでいる。中国は、米国が経済制裁を課しているイランとベネズエラから原油を輸入しているが、その量が最近、急激に増えている。

 

 コモディティー関連のデータ会社、ケプラーによると、中国が今月、イランから輸入している原油量は1日当たり約91万8000バレルとなり、トランプ前政権が2年前にイランに経済制裁を課してから最大規模の量となっているという。また、ロイター通信によると、ベネズエラの原油輸出は先月、1日当たり70万バレルと、この10カ月で最大規模になったという。ベネズエラ原油はアジア市場に向けて多く運ばれているが、中国が輸入を増やしているとみられる、と伝えられている。

 

 中国が両国からの輸入を増やすのは、もちろん、自国の需要を支えるというだけではない。経済制裁を課せられている両国への事実上の経済支援で、経済制裁解除のための米国との交渉のテーブルに着かせないことが狙いだとみられる。

 ウォール・ストリート・ジャーナルは「もし、現在の原油価格でイランが1日当たり100万バレルの原油を売ったら、イランは米国と交渉する気持ちはなくなる」との専門家のインタビューを掲載している。中国が原油を大量に買って両国の経済が潤えば、米国の経済制裁を事実上、無力化することができる。そうなれば両国は、米国に頭を下げる必要がなくなる、という訳だ。

 

 実際、バイデン政権は先月以降、イランの核合意復帰に向けてイラン当局と話し合いを持とうとしているが、イラン側は現時点で拒否している。

 

 またベネズエラに対しては、トランプ前政権での締め付け政策を、公平な選挙の実施につなげようと試みているが、ベネズエラ側の強硬姿勢はバイデン政権になっても変わらない。

 

 こうした中、中国はワクチン外交でラテンアメリカとの関係強化を進める。テスラ問題がホットな話題となっていた20日、習近平国家主席はコロンビアのデュケ大統領にメッセージを送り、両国の親密性を称えた。中国のシノバック・バイオテック製のワクチンは続々と中南米に到着し、接種されている。空港に到着したワクチンのコンテナには若い女性が微笑む同社の宣伝が描かれ、その写真は新華社通信が世界に配信している。

 

 新型コロナの感染拡大が深刻化した中南米は、ワクチンに対する期待が特に高まったが、現在、広く行き渡り始めているのは中国製かロシア製だ。

 

 陰に日向に、強引かつ、したたかに、中国の「米国包囲」の渦が大きくなっている。


 

Taro Yanaka

街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

趣味は世界を車で走ること。