2回にわたり、持続型のCO2削減に向けて発電時の脱石炭火力と並行してEVを再利用した蓄電システムの必要性を述べてきた。最後に将来の日本のエネルギー安全保障に向けて、今、政策を見直し、国内のEVとバッテリー産業、その周辺産業育成の重要性を述べる。

 

(関連記事)

 ・日本のエネルギー安全保障の根幹(1)「脱炭素社会に向けて」政府と自工会の同船異夢

 ・日本のエネルギー安全保障の根幹(2)発電時のCO2削減と蓄電システム

 

 インテルのデジタルインフラストラクチャーダイレクター野辺継男氏に、前回、2021年に向けて、再生可能エネルギーの導入の議論と並行して、官民交えた国際競争力のある強靭なEV向けバッテリー産業の構築の必要性を語って頂いた。最終回、野辺氏は、バッテリーの供給元になるEV産業と、「カーボンニュートラル」を軸にした日本のエネルギー政策を実現するため、原材料供給不安の解消から発電充電システムまで、官民の更なる活発な議論と投資の必要性を述べた。

 

 

グラフ【6】日本国内のEV市場の低成長率が国内バッテリー産業拡大の弊害に

 世界で最初にEVの量産が始まったのは、日産自動車の「リーフ」が発売された2010年以降だった。10年経過した昨年、米Tesla(テスラ)がEVを年間約50万台出荷した。昨年夏以降VWのID.3が市場投入され、欧州EV市場が急拡大した。今年はGMや欧州勢を含む主要自動車メーカが米国や中国でもEVの車種と販売量を拡大する予定であり、EV市場が世界レベルで漸く成長段階に入った。それでも2020年末時点で世界の新車販売台数のうち、EVの占める割合は3%程度であり、EV導入の先進国の欧州が10%、中国が4%程度、テスラ社のお膝元の米国でも2%程度だった。これらに対して日本のEV出荷台数は、昨年2020年、対前年比高々1%程度と小さい。

 

 日本国内でEVがなかなか普及しないのは、ガソリン車に比べて、車両価格が高い、一度の充電後の走行距離が短い、充電時間が長い、電池劣化への不安、充電インフラ未整備等の理由が挙げられてきた。ただ、ここ数年の技術革新により、これらの懸念は大きく改善され、年々電池のエネルギー密度が上がり、長期使用による劣化も減っている。また、電池コストが下がり、過去10年で9割も安くなった。今後も製造工程の生産性改善や、電池開発の技術革新が進むことで、価格は引き続き、年率10~15%のペースで下がるものと予想されており、部品数の少ないEVの量産効果もあり、2025年前後に、同じ走行能力の場合EVはガソリン車よりも安くなると予測されている。これまで、欧米中では、EVに対する多額の税制優遇や政府の補助金などで、従来の内燃エンジンの自動車との価格差をなくして来た。しかし、あと数年で、補助金など優遇処置が不要になると野辺氏は言う。

 

 ただし、現状では日本でのEV普及は世界より遅れる可能性が高い。自動車メーカや調査機関などによるEV車両の普及予測をまとめて試算すると、2035年に世界全体で新車販売台数に占めるEVとPHEVの販売割合は42%程度と考えられる。この中で欧州と中国では、政府の方針もあり同45%前後と大きい。一方、日本は現状から急速に拡大してもEVの新車に対する販売シェアは13%程度と見られる。その結果、世界最大の自動車市場である中国でのEVの新車販売台数は世界全体の約45%を占め1800万台ほどになると考えられる。一方、国内のEVの販売台数は世界のEV全販売台数の2%程度と低迷したままになる可能性がある。(たとえ日本のEV販売台数を毎年約30%で拡大したとしても、世界の5%程度にしかならない)

 

 これが日本国内のバッテリー製造能力に跳ね返る。EV用のバッテリーはその重量からEVを生産する地域内で製造される傾向がある。そのため、上述の結果、日本国内におけるバッテリー生産量は全世界の2~5%程度と極めて低くなる可能性がある。この数値では、一般的な産業論から見ても、日本国内でバッテリー開発、製造の国際競争力を維持・拡大することが困難になり、結果的に、日本はバッテリーの輸入国になる可能性が高くなる。それは、次の2つの図からも垣間見える。

 

 

グラフ

 

 

 そもそも世界的に見ると、リチウムイオンバッテリーの主用途は、乗用車と商用車である(上図)。日本国内のEV販売台数が少ないと、必然的に世界のバッテリー生産量に対する日本国内の生産量の割合は、ゼロに近づくことになるのだ(下図)。2030年でもEV販売台数で見劣りする日本の新車市場に、日本国内のバッテリー生産拡大に向けた大型投資が望み難くなる。

 

 

グラフ

 

 

https://www.researchgate.net/figure/Forecasted-demand-for-lithium-ion-batteries-from-EVs-20102030-GWh-22_fig2_329466298

 

 

写真【7】バッテリーのエネルギー安全保障上の重要性と投資の必要性

 2020年のEV出荷台数は、中国などの超小型EVを含めて300万台ほどだった。これに対して、搭載する電池容量は、合計140GWh程度だった。しかし、今後の市場予測をもとに、仮に2030年のEV新車台数を2800万台と想定すると、必要な電池総容量は1700GWh程度に達する。今後10年で世界の電池生産の現在の10倍の規模に拡大させる必要がある。電池を生産する企業にとって、物理的に生産拡大は可能だが、EV市場が伸びなければ投資が回収できないため、EV市場の拡大如何で事業リスクが高くなるのも事実であり、この精査も必要だ。

 

 また、電池の原材料、特にコバルト、ニッケルなどの材料などの安定供給の不安もある。こうした原材料を供給する現地の環境・社会・企業統治などのESGの要件を満たすことが求められ、また原材料を輸出する一部の国々の政府間の関係も長期安定供給の課題となる。こうした原材料調達の難しさが、そのまま電池生産拡大のリスクにつながる。

 

 これだけの莫大な貯蓄量のあるバッテリーを、物理的に果たして誰がどこで製造可能なのかは別途解説が必要である。ただ、2019年の数値で見ると、現在日中韓の電池メーカ上位6社が世界市場の9割近くを占めている。EV普及に電池の供給体制強化が重要な中、自動車メーカの中には、電池の安定調達に向けて動き出したところがある。例えば、テスラは、パナソニックやCATL、LG Chem (現在LG Energy Solution)からの供給以外に、電池の内製化を進めている。また、EUは、欧州域内での電池の安定調達に向けて積極的に中国や韓国の電池メーカを誘致している。また、欧州内に電池企業を育成するため、EUが結成した「欧州バッテリー同盟(European Battery Alliance、EBA)」は、スウェーデンの電池製造メーカのNorthvolt(ノースボルト)などの電池スタートアップ企業に資金提供や財務的優遇処置を数年前から進め、ノースボルトはVWやBMWとの調達契約も獲得している。

 

 日本でもEV用バッテリーを供給している国際メーカがある。特にテスラにリチウムイオン電池を米国で生産供給しているパナソニックだ。日本は、ノーベル賞を受賞された吉野彰先生のように、リチウムイオン電池の基礎研究から製品開発、商品化、量産までの世界に先駆けて行ってきた。しかし、このままでは国内での需要が拡大しない可能性がある。国内での技術開発が、人材育成も含め停滞する可能性もある。日本ではその傾向が強いが、国際的に見ても自国市場が無い場合に他国で成功する例は少ない。

 

 これまで、先進国を中心にエネルギー消費の多い世界各国では、エネルギー需要を抑え、CO2排出削減とともに原油の中東依存率を減らすことも重要視してきた。これには、エネルギー安全保障上の理由もある。今後、エネルギー源として資源として限りのある石油・石炭を中心とした化石燃料エネルギーから、無尽に存在する太陽エネルギーにシフトする中で、そのエネルギーを蓄積し、再利用を可能にすることから、バッテリーが、原油を置き換われるレベルに匹敵する重要性を持つことになるだろう。

 

 人々や事業、社会は、今後原油に変わるクリーンなエネルギーの入れ物として、安全で使い勝手の良い、エネルギー密度が高く、長持ちし、急速充電でも劣化しないバッテリーを求める。従来、こうした商品を国際競争の中で開発し、いち早く市場に投入できたのが日本だった。最近、欧州では、EV向けバッテリーの安定供給のみならず、エネルギー安全保障上からも域内で欧州企業によるバッテリー産業を育成している。米国では、国家安全保障の問題を調査する米国国防分析研究所が2020年12月に発行した報告書において、電池が自動車業界によって「非常に重要」であり、欧州の様な規模で国内供給を準備すべきと警告した。カリフォルニア州大気資源局の議長は、「新しい軍拡競争が始まった」「より安価でより強力なバッテリーを手に入れるのは電気の競争であり、世界中のメーカが競争している」と語った。これまで最初にリチウムイオンバッテリーを携帯電話から自動車まで、いち早く市場に投入してきた日本である。本来、日本は、中東へのエネルギー依存から脱却を果たした上で、バッテリーの輸出国に成り得る筈だった。しかし、このままの日本では、今後バッテリーを輸入に頼ることになるかもしれない。日本政府や国内の自動車産業、電池産業、その他資源から原材料製錬など周辺の多くの産業に大いなる禍根を残す事になるのではないか。

 

 かつて、目標達成に向けた投資のタイミングを逸し、日本は液晶パネル、半導体など、電子部品の設備投資に消極的になった段階で、世界に後れを取り市場撤退をしてきた例が多い。世界の市場動向を読み解き、深い洞察をもって、同じ過ちを繰り返さないようにしたい。そして、2021年、日本国内でも、更にカーボンニュートラルの議論を拡大し、目標とその手段、そして達成に向けた意見を交わすことが重要である。

 

 5月のバッテリーサミット2021に野辺氏が登壇されます。「日本のエネルギー安全保障の根幹」について、最新の話が出るかもしれません。

 

→(関連記事)【開催日決定】Battery Summit 2021at 学士会館 (5/7) Tesla・日産・Intel・DeNA &吉野先生

 

 

野辺継男(のべ・つぐお)氏

 1983年NEC入社し、パソコンや関連する事業立ち上げた。2000年末退職後、ゲーム会社などベンチャー企業を立ち上げてきた。2004年に日産自動車入社し、ビークル・インフォメーション・テクノロジー事業に従事した。日産退社後に2012年インテル入社し、車のICT化から自動運転全般のアーキテクチャー構築に従事し、2014年5月名古屋大学客員准教授兼務し、現在に至る

 

 

(IRunivrese)