トルコのエルドアン大統領は3月2日、「人権対策実行案」を発表した。人権、公平な裁判、言論の自由を強化していく方針だという。トルコでは現在、エルドアン氏が事実上の独裁者として振る舞い、言論の自由、司法の独立は有名無実化している。それだけに今回の発表は唐突感があった。決定の背景にどうような政治的思惑があったのだろうか。(写真はYahoo画像から引用)

 

 最大野党・共和人民党(CHP)の指導者クルチダロール氏は、「エルドアンの言葉に中身がない」と切り捨てたが、トルコ政府が本気で国内の人権状況、政治的自由を改善すると歓迎するのは早計だろう。実際、エルドアン氏は「すべての花に水をかけるわけではない、正義に値する花に水をかける」とコメントし、今回の人権対策実行案は包括的ではなく恣意的になされることを示唆している。

 

 トルコではクルド人への弾圧、和平交渉をしていたクルディスタン労働者党(PKK)との戦闘を再開した2015年以来、「テロ組織のプロパガンダを拡散した罪」という政府のさじ加減一つでどのようにも解釈できる曖昧な容疑でクルド人政治家の不当逮捕を繰り返してきた。政府によるテロ対策法濫用の最たる例は、クルド系政党・人民民主党(HDP)の元共同代表セラハッティン・デミルタシュとフィゲン・ユクセクダ両氏の逮捕だ。彼らは政府軍とPKKの戦闘拡大を批判し、和平交渉の再開を呼びかけていた。クルド人の支持を集め、トルコにおいて真の民主的勢力である同党を恐れたエルドアン氏は、デミルタシュ氏らとPKKとの関係をでっち上げた。

 

 クルド弾圧の再開は、与党・公正発展党(AKP)と連立を組むトルコ人至上主義政党・民族主義行動党(MHP)をつなぎ止める手段でもあった。また、クルド人をやり玉にあげることで、AKPの一党支配につながる政策をCHPら野党に認めさせてきた。CHPは実際、HDPの議員からの不逮捕特権はく奪に賛同し、トルコの政党政治と民主主義の破壊に一役買った。選挙が実施される際、クルド系政党は国を挙げての妨害にさらされるが、CHPや野党はそこまでの妨害を受けることはない。AKPはクルド弾圧を野党間の離間策としている。現在のクルド人への弾圧政策を転換することは難しい。

 

 トルコは最近、トランプ政権後の米国に秋波を送っている。ロシア製対空ミサイルS400の配備延期など、同問題について協議を呼びかけているのはその一つだ。米国の駐トルコ大使はS400導入計画を白紙に戻すことが両国の対話再開の前提条件としている。トルコは既に大枚をはたいたS400を放棄するなど夢にも思っていないだろう。S400導入を後退させることは、トルコの対外進出に反対する米国を牽制するため、また、シリアにおけるトルコの勢力維持に不可欠なロシアとの協調関係を破綻させることにもつながりかねないからだ。

 

 今回の計画発表は人権問題の追及を公言するバイデン米政権に対する媚態と見るべきだろう。エルドアン大統領がトルコの人権状況改善に向けて具体的な施策を打つ可能性は限りなく低い。


 

Roni Namo

 東京在住の民族問題ライター。クルド人を中心に少数民族の政治運動の取材、分析を続ける。クルド人よりクルド語(クルマンジ)の手ほどきを受ける。2020年7月、日本の小説のクルド語への翻訳を完了(未出版)。現在はアラビア語学習に注力中。ペルシャ語、トルコ語についても学習経験あり。多言語ジャーナリストを目指している。