中米エルサルバドルの国会議員選挙の投票が2月28日に行われ、ソーシャルメディアを巧みに操るナジブ・ブケレ大統領(39)の与党が地滑り的な大勝を収め、3分の2の議席を獲得した。既存政治を否定し、腐敗・汚職の根絶を前面に打ち出すブケレ大統領が信任された形だ。これにより、ブケレ大統領は事実上、最高裁判事らの人事権を握り、憲法改正を容易にできるようになった。新進の政治家である一方で、強権的な手法が物議を醸しているが、国内外からブケレ大統領の独裁政治が始まるとの懸念が広がっている。火山が点在する中南米は地熱発電の需要拡大が期待され、なかでもエルサルバドルは中南米初の地熱発電所が建設された「地熱先進国」だ。地熱発電技術では世界をリードする日本としては、エルサルバドル情勢から目が離せない。(写真は来日した際のブケレ大統領=左=、外務省の公式ホームページから転載)

 

 エルサルバドル国会(1院制)は定員84。3月2日(日本時間)時点で、大統領が発足させた新党「新しい考え(NI)」と大統領派の「挙国一致同盟(GANA)」が合計で少なくとも56議席を獲得した。

 

 エルサルバドルは48年間に及ぶ軍事独裁政権の後、右派軍事政権と左派ゲリラとの内戦が12年間続いた。1992年に両者が平和協定を結んで内戦が終わったが、その後は右派軍事政権を起源とする「国民共和同盟(ARENA)」と、反政府左翼ゲリラを起源とする「ファラブント・マルティ民族解放戦線(FMLN)」が2大政党として政治を牛耳ってきた。ARENAとFMLNは今回、大幅に議席を減らした。平和協定後、ひとつの政治勢力が国会の3分の2議席以上を占めるのは初めてだ。

 

 貧困と政治腐敗、犯罪組織に苦しめられてきたエルサルバドルは、これまでに約300万人が、米国に逃れたとされている。ブケレ大統領に国民が熱狂するのは、抑圧され続けた歴史が背景にある。

 

 ブケレ大統領は父方がパレスチナ系、母方がギリシャ系。元々はビジネスマンで、ヤマハのオートバイの販売会社を経営していた。その後、政治の道に進み、FMLNの支援で2012年にヌエボ・クスカトラン市長に当選、2015年には首都サンサルバドル市長になった。

 

 ところが市長在任中、同じFMLNに所属するサルバドル・サンチェスセレン大統領を手厳しく批判しすぎたことから、FMLN内からブケレ批判が高まり、党を除名された。

 

 2019年の大統領選では「左」から「右」に転身し、保守政党と組んで立候補した。光沢のある革ジャンとオールバックの髪型が人気となり当選した。

 

 既存のマスコミを嫌い、ソーシャルメディアを駆使するなど、直接、有権者に訴えかけるポピュリズム的な政治スタイルである。国民を苦しめてきた汚職や腐敗の根絶を掲げているほか、組織暴力の取り締まりに力を入れている。これまでの政治を否定する手法が功を奏し、常に高い支持率を得ている。調査によっては支持率が90%になる。

 

 しかし、その強権的なやり方が問題となることもしばしば。昨年2月には、組織犯罪の取り締まり関連の予算審議中に、武装した兵士や警察官を国会に派遣し、予算案を通過させるよう議員に迫った。また、組織暴力への見せしめとして、刑務所内で下着しか着ていない多数の受刑者たちの写真を公開した。

 

 最高裁の判決を無視することもあり、国会議員の中からは「精神的に国を治めることが不可能な人物だ」との批判の声もある。また、西側諸国もブケレ大統領の政治手法に懸念を示している。

 

 先月上旬、ブケレ大統領は事前の通知なしに米国の首都ワシントンを訪れた。米高官によるとブケレ大統領は、バイデン大統領または政権の要人との面会を求めたが、バイデン政権側が申し出を断ったという。米NBCニュースなどはバイデン政権が、ブケレ大統領の強硬的な政治手法を憂慮していると伝えている。

 

 ブケレ大統領側は、ワシントン訪問は個人的な旅行で、バイデン政権に面会を求めてはいないとしている。しかし、ブケレ大統領は新型コロナ感染拡大防止策として、自主隔離を守らなかった市民に軍隊を差し向けて身柄拘束させるなど、ここでも強硬的な手法をとっている。その一方で大統領が個人的に海外に行くことは、言動不一致のそしりを免れない。国際的な信用はいまひとつである。

 

 エルサルバドルはグアテマラ、ホンジュラスとともに「ノーザン・トライアングル」と称される西半球で最も貧しい地域にある。

 

 エルサルバドル経済は昨年、約9%縮小し、財政赤字も急拡大している。マーケットはブケレ政権が国際通貨基金(IMF)の支援プログラムをどのぐらいの規模で受けるのかどうかに注目している。

 

 厳しい経済状況の中で、脱炭素エネルギーである地熱発電所の開発に大きな期待がかかる。エルサルバドルは発電設備容量における地熱発電の比率が国際的にもトップクラスで、今後も大きく伸びるとみられる。

 

 国際再生可能エネルギー機構(IRENA)も、エルサルバドルで地熱発電についてのワークショップを開催するなど、「地熱先進地」と位置付けて期待している。エルサルバドルには、グアテマラとの国境に近いアウアチャパンと中部のベルリンの2カ所に地熱発電所がある。アウアチャパンは1975年に運転を開始した中南米で初の地熱発電所で、現在は3基が稼働している。

 

 日本は地熱発電技術では圧倒的な競争力を誇る。三菱重工業、東芝、富士電機は地熱発電タービンの「御三家」で、世界シェアの約7割を占める。ブケレ大統領も地熱発電の増強に前向きで、政権動向を慎重に分析することが必要となる。


 

Taro Yanaka (ジャーナリスト)

街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

趣味は世界を車で走ること。