トルコ最大野党共和人民党(CHP)の大物ムハッレム・インジェが突如離党と新党の設立を表明し、トルコ政界に衝撃が走っている。インジェは2018年のトルコ大統領選挙のCHP候補にも選ばれた有力者であった。2023年にトルコは大統領選、大国民議会議員選挙を含む総選挙を控える中で、CHPにとっては打撃となる。(写真はイメージ、Yahoo画像から引用)

 

 インジェは、42年の党生活に終止符を打つに至った理由について、「アメリカの民主化要求に迎合する者たちと袂を分かつ、アタテュルクの指導から逸脱する者たちと袂を分かつ、私は兵士の味方ではないと言う者たちと袂を分かつ、議員団トップを選挙無しで指名する執行部と袂を分かつ、他党候補者だったのに今はCHP幹部としてふるまう連中と袂を分かつ」と説明した。党への不満を別にすれば、昨今の国家主義、軍国主義的風潮に迎合するとも受け取れる内容で、政権与党公正発展党(AKP)への接近を目指しているとも見受けられる。

 

 CHPは先月も3人が指導部と対立し離党した。指導者クルチダロールの独裁が党内に不協和音をもたらしていることは疑いないが、総選挙が迫る中で、各議員がCHPの抱える根本的な問題を切実な問題として感じているというのが実態であろう。というのもCHPはトルコ建国の父ムスタファ・ケマルに由来する古いトルコを体現する存在であり、AKPに対する選択肢となりえないのである。トルコの宿痾クルド問題についても、CHPは本来AKPより強硬であった。AKPは当初イスラム主義的価値観による偽りの民族融和論に基づくとはいえクルド問題解決を掲げた点で、CHPよりも新風をもたらすと期待されていた。AKPはCHPが代表する軍・官僚・財閥支配に取り残された人々を中心に支持を集めたのであり、新たな理念を提示できなければAKPの支配を打破することは難しい。

 

 エルドアン大統領が真に恐れるのはクルド系政党・人民民主党(HDP)である。国内最大の少数民族クルド人を代表するだけでも十分な脅威であるが、クルド運動という枠に囚われない諸民族の平等、同性愛者の権利、軍・財閥支配とイスラム主義を超えたトルコの民主化を追及する真の選択肢であった。HDPは選挙の度に軍、警察を動員した嫌がらせを受けてきたが、不当な弾圧を受けなければ最大野党になっていたであろう。CHPは先の総選挙でHDPと公式な協力関係を結ぶことはなかったが、共通の敵AKPの議席数を減らすため選挙区調整を行った。前述の通り、HDPはCHPとは相容れない存在であった。

 

 さらにCHPは、AKPがHDP議員から不逮捕特権を剥奪する法案を提出した際に、憲法違反の可能性を指摘しながらも賛同した。それでもHDP共同代表は共通の目的達成のため、過去の仕打ちを忘れHDPが候補者擁立を取り下げた選挙区においてCHP候補者に投票しようと支持者に呼びかけた。それはイスタンブール市長選で、AKPが差し向けた元首相ユルドゥルムを退け、CHPの現職イマモールの再選の一助となった。理念だけでなく政治的手腕もAKPの恐れるところなのである。それゆえHDPは未だ元代表が不当に拘束され続け、23年の選挙もまともに戦えるかわからない。

 

 CHPは最大野党ということで、AKPの独裁に風穴を開けることが期待されることも多いが、次回の選挙でも存在感を発揮することはないだろう。それを真っ先に感じた元大統領候補インジェが泥船からの脱出を決意したのである。



 

Roni Namo

 東京在住の民族問題ライター。大学在学中にクルド問題に出会って以来、クルド人を中心に少数民族の政治運動の取材、分析を続ける。クルド人よりクルド語(クルマンジ)の手ほどきを受け、恐らく日本で唯一クルドを使える日本人になる。今年7月に日本の小説のクルド語への翻訳を完了(未出版)。現在はアラビア語学習に注力中。ペルシャ語、トルコ語についても学習経験あり。多言語ジャーナリストを目指し修行中。