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 内戦10年目に突入したシリア。アサド政権とクルド勢力の勝利が確定し内戦は事実上終結状態であるが、トルコの占領の打破と復興という厳しい課題に直面する。2016年末に解放されたアレッポの軍管区でさえ、復興プロジェクトの達成率は50%程度で、テロリストとの戦闘で生じた被害は83万ドル以上に上るとされる。経済再生は喫緊の課題だ。シリアは内戦中、幾度となく経済危機に見舞われ、その度に反体制派が小躍りしてきたが、ロシア、イランの支援もあり今日まで持ちこたえてきた。欧米が昨年から追加で課した制裁により、苦しい経済状態に置かれていた。不安定なシリアポンドは度々、乱高下し経済不安の種となってきた。一昨年は一時公定レートが1ドル≒680ポンドまで下落し、市民に衝撃を与えた。現在は新たな制裁にも関わらず、1ドル≒500ポンド程度で推移している。シリアは各地で通貨の闇取引が盛んであり、1ドル≒3000ポンドで取引されることも稀ではないという。

 

 このような厳しい経済状況下で、シリア中央銀行は新たに5000ポンド札の発行を発表した。文化財やアサドの真影が描かれているこれまで発行された紙幣と異なり、前面に敬礼するシリア兵を配置し、内戦で犠牲となった兵士を称える意匠となっている。シリア人権監視団は、このままではレバノンやイランのような桁の多い紙幣を常用しなければいけなくなるとの、市民の声を伝えている。シリア人の声は伝わりにくいが、市民の多くがインフレを懸念しているのは事実であろう。シリア経済・商務相ハリル氏は5000ポンドがインフレを引き起こすことはないと弁明した。ハリル氏はシリア国営テレビの番組に出演し、新札の乱発はしないが、破損紙幣の交換は進めると表明した。新紙幣の発行は財政状況が逼迫していることを伺わせる。

 

 原油が豊富な中東にあってシリアは、隣国イラクとは異なり化石燃料に乏しかった。またその僅かな油田も北シリアに集中しており、それらはかつてイスラム国の支配下にあり、米国の支援を受けるクルド勢力の支配下にある。同様にシリア有数の農地の多くも北シリアに位置する。燃料需要が増大する冬季において、燃料不足は恒例となっていた。つい最近も燃料不足が発生したが、クルド側によるアサド政権支配地への燃料輸送により一息つくことができた。クルド側は物流を阻害していたイスラム国の脅威が去ったからと説明するが、アサド政権を揺さぶるカードとして化石燃料を利用しているとみられる。

 

 前述のように、シリア有数の経済基盤を有する北シリアを統治するシリア民主評議会、それを実質的に指導する民主統一党(PYD)も、独自の経済政策を実施する。PYDはトルコのクルディスタン労働者党(PKK)にイデオロギー面で影響を受け、また人材面でも元PKK関係者は多い。PKKが共産主義イデオロギーを掲げていたことから、PYDも「社会主義」的経済政策をとるのではないかと想起される。内戦初期、PYDは必需品の配給制度確立といった北シリアの経済統制に成功し、それが民心掌握につながった。2017年にイラク・クルディスタン地域を訪れた際、筆者はPYDのイラク代表に取材する機会があった。PYDは北シリアの経済運営において、ソ連や中国のような過度な集産制をとることはなく、人々の自由な創業を支援していくと語っていた。また、クルド勢力下の北シリアは「カントン」と呼ばれる自治区に分けられているが、カントンの経済自治も推進するとのことであった。未だトルコという強大な敵に対峙しているとはいえ、イスラム国との戦争は終わったことで、北シリアの戦乱状態は概ね終結した。PYDも「戦時共産主義」から「ネップ」に移行する時期と判断しているであろう。経済運営能力は高いとはいえ、当然非国家・公認組織としての弱さがある。彼らが資源を握る一方で、通貨発行権はアサド政権に握られている。クルド側も域内の通貨の流通量を調整する余地があるとはいえ、通貨の価値を下げるという攻勢にはなす術はない。

 

 反体制派最後の拠点イドリブ含むトルコ占領地ではトルコリラの流通が進んでいる。トルコリラも暴落を続けているが、シリアポンドが今回の新札発行で価値を毀損されれば、トルコリラの流通にとっては最適な状況が生まれる。アサド政権支配地では生活物資の欠乏が常態化しているとはいえ、最近も改めてトルコとの国境地帯の町で主食の小麦の欠乏が報告されている。アサド政権が有効な対策を講じることができなければ、トルコ領ないしトルコ占領地との密輸も活発になり、トルコリラの需要も増大するだろう。そうなればトルコから国土を解放するどころか、その実効支配を強めることになりかねない。

 

 

Roni Namo

 東京在住の民族問題ライター。大学在学中にクルド問題に出会って以来、クルド人を中心に少数民族の政治運動の取材、分析を続ける。クルド人よりクルド語(クルマンジ)の手ほどきを受け、恐らく日本で唯一クルドを使える日本人になる。今年7月に日本の小説のクルド語への翻訳を完了(未出版)。現在はアラビア語学習に注力中。ペルシャ語、トルコ語についても学習経験あり。多言語ジャーナリストを目指し修行中。