ロシアが穀物輸出を一時的に禁止する措置を取ったニュースについては以前、本サイトでも取り上げた。今回は、穀物を外交交渉の切り札として扱った、フレデリック・フォーサイスの著書『悪魔の選択』(原題:THE DEVIL’S ALTERNATIVE)=画像=を紹介する。

 

 ストーリーは、旧ソ連の穀物生産高が激減するとの情報をもとに、世界政治がにわかに動き出すことから始まる。表向きには食糧危機を交渉の切り札として西側諸国はソ連との核軍縮交渉を進展させようとの思惑があった。一方、政治の裏舞台ではKGB議長の暗殺事件が契機となり、テロリストが暗躍する。議長暗殺実行犯の釈放を求め、テロリストによる大型原油積載タンカー乗っ取り事件が発生し、米ソの友好関係を一変させる事態に追い込まれる。

 

 要求拒絶の場合、テロリストはタンカーを破壊すると威嚇。これに対しソ連は暗殺事件の全容が明るみになることを恐れ、犯人を釈放すれば核軍縮交渉を反故にすると警告する。そうなれば、食糧危機を打開させるための強硬策に打って出る危険性を孕む。究極の選択をテーマに、未曾有の危機を描いたフィクションとして当時、世界中で話題を呼んだ。

 

 フォーサイスが『悪魔の選択』を執筆しようと思いついたのは1974年頃だったそうだ。1972年にはソ連政府が極秘裏に米国の穀物を買い占めた事件が発生している。穀物相場が暴騰することで米国民は高い食料品を買わされる羽目に陥るとともに、商談を仕切ったカーギルなどの穀物メジャーの存在が世の中に知られるきっかけにもなった。

 

 ところで、出版された1979年に注目したい。この年の暮れ、ソ連軍によるアフガニスタン侵攻が行われ、米ソ間に緊張が走った。カーター米政権は80年1月はじめ、穀物禁輸を発動した。カーター大統領(当時)は禁輸の効果を上げるために、カナダやオーストラリアなど穀物生産国に禁輸の同調を求めた。これに対し、アルゼンチンやブラジルは同調せずに対ソ輸出を増加させた。結果的にカーター政権による禁輸は事態打開につながらなかった。外交交渉をする上で「穀物が武器になった時代の始まり」といわれるのが1970年代だった。

 

在原次郎

 コモディティ・ジャーナリスト。エネルギー資源や鉱物資源、食糧資源といった切り口から国際政治や世界経済の動向にアプローチするほか、コモディティのマーケットにかかわる歴史、人物などにスポットを当てたリサーチを行なっている。『週刊エコノミスト』などに寄稿。