2021年1月2日

 2020年12月半ば、欧州連合(EU)は首脳会談を開催し、東地中海でトルコが進める天然ガス田探査で周辺のギリシャやキプロスと対立している問題について、トルコに対する限定的な制裁の準備を進めることで合意した。より厳しい制裁についてはEU加盟国間で意見の相違が目立ち、21年3月まで決定を先送りするとした。トルコが今後、資源探査活動を停止するとの見方は少なく、エネルギー地政学リスクの高まりが懸念されている。(写真はYahoo画像サイトから引用)

 

 トルコは近年、天然ガス田開発に積極的に取り組んでいる。特に地中海沖合や黒海での資源開発を活発化させている。トルコが周辺国などに対し、強硬的な姿勢を示すようになったのは2018年10月末のことだ。トルコの探査船がギリシャのフリゲート艦に妨害行為を受けたことで「地中海東部などで資源開発を計画するギリシャの干渉を認めない」と牽制した。EUや米国は当時、トルコに自制を求めたものの、エルドアン大統領は無視した。

 

 2020年夏には、トルコが軍艦の護衛をともなってガス田探査に乗り出したことでギリシャが不快感を示すなど、ガス田探査問題が再燃した。トルコとギリシャなどの間で排他的経済水域(EEZ)が確定していないことが火種となっている。ギリシャ側に立つフランスは当時、クレタ島に戦闘機を派遣したほか、ギリシャやイタリアとともに軍事演習を行うなど、トルコを刺激した。トルコはギリシャなどとともに北大西洋条約機構(NATO)加盟国でもある。

 

 他方、ギリシャなどの周辺国も活発な動きを見せている。2017年6月半ば、ギリシャのチプラス首相、イスラエルのネタニヤフ首相、キプロス共和国のアナスタシアディス大統領の間で、イスラエル沖合で産出される天然ガスを欧州向けに輸送する「メディタラニアン・パイプライン」構想を推進することで合意した。

 

 ギリシャ政府はその後、米エクソンモービルなどで構成されるコンソーシアムに対し、クレタ島沖合で計画される天然ガス鉱区開発を認めたことに加え、英エネルギー大手エネルギアン・オイル&ガスが進めるギリシャ西部沖合での開発事業も承認した。2017年10月末には、エネルギアンの子会社がイスラエルのドラド・エナジーなど3社とカリッシュ、タリン大型ガス田にかかわる売買契約を締結したことを明らかにした。

 

 前述したように、昨年12月に開催されたEU首脳会議では、対トルコ制裁で加盟国間の意見が分かれた。EUはトルコによるキプロス沖合での資源探査活動が不当であるとしたものの、探査活動にかかわった個人への制裁準備で一致するとの結論にとどまった。この決定にギリシャは「生ぬるい」と主張、シリアやリビアでの外交政策で対立するフランスも経済制裁の検討を訴えたが、加盟国から幅広い支持を得られなかった。対トルコ強硬論に対し、ドイツ、イタリア、スペインなどはもっと時間をかけて話し合うべきとの考えを繰り返したとされる。EU内部の足並みの乱れを見越してか、エルドアン大統領はEU制裁に対する懸念はないと表明した。

 

 ところで、ロシア国営ガス会社のガスプロムはかつて、イスラエル沖合のガス田鉱区「リバイアサン」の権益獲得を狙い、近接する大規模鉱区「タマル」から産出されるガスを液化して輸入する覚書(MOU)をオペレーターであるイスラエルのデレク・グループと米ノーブル・エナジーと締結した。ところが、イスラエル当局はこの契約を認可しなかった。そうした経緯を踏まえると、ロシアはいま、東地中海におけるトルコのガス田探査の動向を注視しているだろう。地中海沿岸に位置するシリア第2の都市タルトゥースにはロシアの海軍基地(供給拠点)があり、ガス田鉱区まで目と鼻の先だ。

 

 今年3月までにEUがトルコ経済制裁を決められず、東地中海において偶発的な衝突が起きると予想する見方も少なくない。1月20日にはNATO軽視のトランプ米政権からバイデン新政権へと移行する。NATOを主導する米国のバイデン新大統領がどのようなアプローチをしてくるかも注目される。トルコへの対応を見誤れば、エネルギー地政学リスクを誘発し、EU内の亀裂、さらにNATO内における分裂に発展することもあり得るだろう。

 

 

Naoya Abe

Former Bloomberg News reporter and editor

Capitol Intelligence Group (Washington D.C.) Tokyo bureau chief

Currently working as Managing editor at MIRUPLUS