ベネズエラの国会(National Assembly)議員選挙は6日、投開票が行われ、同国選挙管理委員会はマドゥロ大統領派が67.6%の得票率で圧勝したと発表した。「民主主義とはほど遠い」として主要野党がボイコット、米国やEU(欧州連合)諸国など西側は選挙自体を認めない姿勢だ。ベネズエラには3つの国会ができてしまった形だ。そんな中、ベネズエラとの関係を深めるイランが、10隻に及ぶ石油タンカー船団をベネズエラに向けて派遣した。トランプ政権のベネズエラへの経済制裁を受けてカリブ海には米海軍の駆逐艦が派遣され、警戒任務に当たっており、カリブ海の緊張度が高まっている。

 

 国会議員選挙は277の議席に1万4400人が立候補して争われた。候補者の中にはマドゥロ大統領の息子や妻もいた。選管の発表では統一労働者党(PSUV)など大統領派が67.6%の得票を得た。ただ、主要野党がボイコットしたため投票率は低迷した。選管の発表でも31%で、野党が大勝した前回(2015年)選挙の71%に比べると、大幅に下落した。

 

 野党側は、投票したのは選管発表より少ない18%程度に過ぎないと主張している。西側メディアは投票所の様子を、前回見られた投票所での長蛇の列が見られなかったと伝えていた。

 

 今回の選挙にはEUやOAS(米州機構)は選挙監視団の派遣を拒否した。一方でロシアやイランが監視団を送り、選挙の正当性を主張した。

 

 マドゥロ大統領は勝利を宣言。唯一、野党が握る「権力機構」を手中に収めたことになった。しかし、これによりベネズエラに国会が事実上3つ存在するという奇妙な形となった。

 

 西側諸国が認める国会は野党が勝利した2015年の選挙による現国会。今回の選挙は来年1月5日に任期満了を迎えることに伴うもので、民主的に行われれば当然、新しい勢力の国会が誕生したはずだが、西側諸国は選挙結果を認めていないので、ここで2つ目の国会が誕生した格好だ。

 

 実はマドゥロ大統領は2017年、野党多数の国会を無力化するために憲法制定議会(Constituent National Assembly)という、もうひとつの国会を誕生させている。今回の国会議員選挙でマドゥロ大統領派が「勝利」したことで、憲法制定議会の存在は意味をなさなくなったが、この「3つ目の国会」が閉鎖される気配はない。

 

 今回の選挙結果を受け、マドゥロ大統領は一段と独裁的な政治手法に傾くとみられている。また国際的な信任を得られたとして、経済再建の切り札として新しい国債の発行に弾みがついたと専門家は分析する。

 

 米国など西側諸国は、2018年の大統領選挙で不正があったとして、マドゥロ大統領の当選は無効だと主張、憲法の規定により野党指導者のグアイド国会議長を暫定大統領として承認した。しかし、グアイド氏は国会議員としての任期は1月5日までで、西側諸国が暫定大統領とする根拠が危うくなる。

 

 ベネズエラ国内ではグアイド氏の人気もそれほど高いわけではなく、独裁的なマドゥロ大統領を倒すだけのパワーが野党に欠けているのも現実である。

 

 政治が泥仕合いを演じる中、国民の生活は困窮するばかりだ。

 

 ベネズエラのインフレ率は年率で5400%を超えている。この数字だけで経済が崩壊していることが分かる。チリのカトリック・アンドレス・ベロ・ナショナル大学の調査ではベネズエラの96%の世帯が貧困層に属し、肉や魚、野菜、果物など基本的な食料品を得られている家庭はほとんどない。水不足も深刻で、飲料水が供給されていない地区は都市部にもいたるとことにある。道路の陥没でできた水たまりで体を洗う人々の姿は日常的に見受けられる。停電も当たり前の光景だ。

 

 原油埋蔵量が世界最大でありながら、採掘、精油施設が十分に稼働せず、ガソリン不足に陥っている。ガソリンスタンドに行列する車はいたるところにあるが、給油まで2週間かかることも珍しくない。

 

 地方では住宅も建設することも満足にいかず、コロンブスが米大陸を発見した以前の小枝と泥で建てる家が当たり前のように見られる。

 

 医療現場も崩壊の危機にある。医薬品不足が深刻化している上、6万6000人いる医師のうち3分の1以上が国外に亡命してしまった。

 

 当然、治安は悪化し、400万人以上のベネズエラ人が暴力と貧困から脱するため難民や移民として海外に逃げた。

 

 そんな中、ベネズエラと関係を深めているイランが10隻に及ぶ一大タンカー船団をベネズエラに派遣した。ブルームバーグニュースなどが伝えた。ガソリンなど石油製品不足にあえぐベネズエラに石油を運び、また、ベネズエラの石油を中国などに運搬することを支援するものとみられている。

 

 イランは夏以降、ベネズエラに石油を輸送している。8月には経済制裁の取り締まりをしていた米海軍がカリブ海でイランの石油タンカー4隻を拿捕した。今回のタンカー船団はほぼ2倍の規模だ。

 

 ベネズエラに向かうイランのタンカーは、行き先などを隠すため送信機のスイッチを切って航行している。船団には警護の船が同行していたり、武装した奇襲部隊が同乗している可能性もある。このため、カリブ海をパトロールする米海軍と、偶発的な戦闘に及ぶことも十分に考えられる。

 

 一連のイランの石油輸送について、中南米と西インド諸島を担当している米南方軍のクレイグ・ファラー最高司令官は「我々はイランのベネズエラでの影響力の増加を目の当たりにしている。そこにはイランのイスラム革命防衛隊の特殊部隊であるゴドス軍も含まれている」と話し、警戒感を強めている。ファラー最高司令官はさらに「これらの船は単なる石油の運搬ではない。武器輸送でもある」と指摘している。

 

 トランプ政権のイラン、ベネズエラ担当特別代表のエリオット・エイブラムズ氏も12月3日に米ジョージ・メイソン大学主催のオンラインセミナーで「イランのミサイルがベネズエラに配備されるのは、絶対に受けいれられない」と持論を展開した。

 

 イランの一大タンカー船団については米軍人向けの「星条旗新聞」も報じた。ただ、この船団がいつカリブ海に到着するかは、明確になっていない。

 

 イランは米国の動向を詳細に分析してタンカーを運航するとみられる。トランプ大統領の任期はあと1カ月半。ここで緊張を高めるようなことはイランとしても避けたいはずで、米大統領選で勝利した民主党のバイデン氏が就任する1月20日までは、ベネズエラに近づかないのではないか、との見方もある。

 

 

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Taro Yanaka

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 趣味は世界を車で走ること。

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