世界のテクノロジー産業を牽引してきた米国カリフォルニア州と、金融の旨味を吸い尽くしてきたニューヨーク市が、その地位を奪われるかもしれない。新型コロナ後をにらんで企業の拠点移転の動きが活発化いているからだ。

 

 テスラとスペースXのCEO、イーロン・マスク氏が、カリフォルニア州からテキサス州に移住したことを明らかにした。テスラとスペースXの本社機能もカリフォルニア州から去るとの見方が現実味を帯びてきた。また、ゴールドマン・サックスが資産管理・運用部門をフロリダ州に移転することを検討してるという。シリコンバレーとウォール街の衰退を予感する経済人は少なくない。

 

 マスク氏がテキサス州への移住を明らかにしたのは米経済紙、ウォール・ストリート・ジャーナルのオンラインイベント。時代の寵児の引っ越しは重要な経済ニュースとして全米、世界に発信された。

 

 テスラの株価上昇で世界で2番目の富豪となったマスク氏は、ロサンゼルス地区に20年ほど住んでいた。カリフォルニア州内に合計6つの不動産を所有していたと言われ、すでに売却済み、あるいは売りに出されていると報道されていた。

 

 テキサス州内のどの都市に移住したかは公表されていないが、マスク氏の長年の盟友でマスク氏のファミリー事務所のマネージャーをしているジャレッド・バーチャル氏が、8月にオースティンに住宅を購入していることが分かっている。

 

 マスク氏の移住の背景には、カリフォルニア州の高い税金がある。州の所得税は年収100万ドル(日本円で約1億円)以上の場合13.3%で米国内で最も高い。キャピタルゲイン税も同じような率で課せられる。一方でテキサス州は所得税、キャピタルゲイン税ともに課せられない。株価上昇で莫大な報酬を受け取るマスク氏が、このタイミングでカリフォルニア州を去り、テキサス州に移住したのは、ある意味、自然な選択だ。

 

 マスク氏はこれまで、何かと規制の厳しいカリフォルニア州に不満を募らせていた。今年春、新型コロナの感染拡大に伴い、フリーモントのテスラの工場が地元アラメダ郡当局の命令で操業停止となったが、テスラは操業の再開をめぐって郡と対立し、郡を相手取った訴訟を起こした。郡側は「自動車工場はエッセンシャルな(絶対必要な)仕事ではない」と判断し、操業停止の継続を求めたが、テスラにとってフリーモントの工場は世界戦略の拠点工場である。マスク氏は激しく憤り、本社と将来の事業計画をカリフォルニア州から、テキサス州またはネバダ州に移設させる考えを示し、州と地元自治体を脅した。

 

 この騒動にはカリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事も参戦し「イーロンがカリフォルニア州から出て行くことを恐れてない」と米経済専門テレビCNBCに出演して発言した。

 

 ニューサム知事は民主党。マスク氏対カリフォルニア州の確執は、ビジネス業界対民主党政治の対立の一面を体現している。

 

 ウォール・ストリート・ジャーナル紙のオンラインイベントでマスク氏は、スポーツチームを引き合いにしてカリフォルニア州をちくりと批判した。

 

 「ひとつのチームが長く勝ち続け過ぎると、自己満足に陥りがちだ。そうなると、彼らは王座決定戦では勝てない」

 「カリフォルニアは長く勝ち過ぎた」

 

 税制や規制以外にもカリフォルニア州、特にシリコンバレーを構成するサンフランシスコ・ベイエリアは、個人にとっても企業にとっても住みにくい街になってしまった。

 

 カリフォルニア州の増え続ける人口は都市部に集中し、高速道路などの交通渋滞は「殺人的」と言える。映画などでもたびたび登場するが、朝夕のぴくりとも動かない渋滞は生活の大きな障害となっている。ことにサンフランシスコの渋滞は州内でも際立っている。

 

 また、家賃の高騰は家計を直結する。億万長者のお屋敷が多ければ、当然、周辺地域の家賃は上がる。さらにカリフォルニア州は住宅建設の区域制限が厳しいため、家賃高騰だけでなく、時間のかかる通勤が、生活の質を下げる。

 

 多発する山火事も人々を苦しめている。自宅が山火事に巻き込まれれば、一瞬にして財産を失う。仮に直接、炎に見舞われなくても広範囲に蔓延する煙が健康を脅かす。さらに山火事は送電システムを寸断させるため、停電がいたるところで起きる。州内の昨年の停電は2万5000回に上った。

 

 それだけではない。サンフランシスコは治安悪化が深刻な問題となっている。新型コロナの感染拡大で街から人の姿が減ったことによる治安悪化もあるが、元々、窃盗や車上狙い、侵入盗が多く、安心して暮らせない状態だった。

 

 2017年には米国内のトップ20の大都市で、窃盗犯罪の発生率がトップだった。市民の間からは警察の取り締まりの甘さが背景にあると指摘されていた。犯罪に遭って通報しても、いつまでも警察官が来ないなど市民の不満は高まっている。実際、サンフランシスコ市警が取り締まりを強化したところ、翌年には発生率がダウンした。

 

 クリント・イーストウッド主演の映画「ダーティーハリー」シリーズは、サンフランシスコが舞台の刑事アクションドラマだ。主人公のハリー・キャラハン刑事が悪党に容赦なくマグナムをぶっ放したが、今のサンフランシスコはキャラハン刑事みたいな「おっかない」警察官が必要な状況にある。

 

 こうした「居心地が悪い」カリフォルニア州から他州に移り住んだ人は昨年、65万3000人に上った。このうち8万2000人がテキサス州に居を構えた。

 

 企業の動きも既に活発化している。2018年には8万6164社がカリフォルニア州からテキサス州に移転している。最近ではオラクルが本社をカリフォルニア州レッドウッドシティーからオースティンに移した。シリコンバレーの源流企業の代表格であるヒューレット・パッカード・エンタープライズもテキサス州への本社移転を発表している。

 

 一方、金融界もコスト削減のため新天地に移る動きが加速している。ゴールドマン・サックスは資産管理・運用部門をフロリダ州に移すことを検討している。ゴールドマンは既に、投資家相談部門をテキサス州ダラスに、子会社の消費者融資部門をユタ州のソルトレイクシティに移転している。

 

 新型コロナで従業員の在宅勤務が主流になり、オフィスをウォール街に置いておく必要性が極端に減ったことが、ゴールドマンの「脱ニューヨーク市」を加速させようとしている。

 

 金融界ではすでにウォール街からフロリダ州に拠点を移す動きが本格化しており、米国のビジネス地図が一気に変わる可能性がある。

 

 

******************************

Taro Yanaka

 街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

 専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

 趣味は世界を車で走ること。

*******************************