米大統領選挙で民主党のバイデン前副大統領の勝利が確実視されるなか、トランプ現政権が2021年1月20日の任期満了を前にエネルギー政策変更を急いでいる。

 

 化石燃料を中心とするエネルギー支配戦略を唱えてきたトランプ大統領は、北極圏における石油・ガス鉱区リース権の開発を目指してきた。今年11月半ばには、現政権がアラスカ州の北極圏国立野生生物保護区(ANWR)で石油鉱区のリース権売却に向けた手続きに着手するとの報道が伝わった。それによると、リース権売却は来年1月の大統領就任式の直前になる見通しという。

 

 対象となる野生生物保護区(総面積770万ヘクタール)はホッキョマグマなど繁殖地として知られ、これまで数十年間、石油掘削活動は禁止されてきた。リース権利売却を認めた法案は2017年に議会で可決し、今年8月に採掘作業を認可する最終計画をまとめた。バイデン新大統領の正式就任を前に現職のトランプ大統領としては自らのエネルギー政策を実現したいと考えたようだ。

 

 ところで、4年前の民主党政権時にも似たような出来事があった。オバマ前大統領は2015年11月末、パリで開催された国連気候変動枠組み条約の第21回締結国会議(COP21)に出席し、二酸化炭素(CO2)の排出量削減を参加国に積極的に呼びかけるなど、大国としての指導力を発揮。結果として、20年以降の地球温暖化対策をまとめたパリ協定は16年11月4日に発効した。

 

 2016年の米大統領選挙戦でトランプ氏はパリ協定からの離脱を公約に掲げた。就任後、これを実行に移したことは周知の通りだ。協定からの離脱を通告した場合、それが認められるのは3年後となる。諸手続きに時間を要し、実際の離脱はその1年後となるため、トランプ氏は2期目も大統領職に留まらない限り、事実上、完全脱退できないことになる。オバマ大統領は当時、トランプ氏の思惑通りにならないようにするため、任期中の協定合意を急いだとされた。

 

 大統領選挙の翌日の2020年11月4日、米国はパリ協定から正式離脱した。一方、バイデン次期大統領は就任日初日にパリ協定復帰の大統領令に署名するとすでに表明するなど、わずか数カ月で政策が目まぐるしく変更されようとしている。

 

 バイデン氏は選挙期間中、エネルギー戦略「クリーンエネルギー投資計画」を公表し、再生可能エネルギー政策の推進を高々と打ち上げた。トランプ政権のエネルギー政策を真っ向から否定する内容となっている。

 

 この計画は2兆ドル(発表当時のレートで約214兆円)の巨費を再エネやインフラ投資に向けるというものだ。バイデン候補は発表当時、風力発電や電気自動車(EV)製造を増やし、雇用創出の促進につなげる狙いがあると強調した。

 

 また、2035年までにCO2を排出しない電力業界の実現を目指すため、原子力の利用を継続する一方、風力や太陽光などの再エネや水素、CO2の回収・利用・貯蔵(CCUS)にも注力すると表明した。

 

 こうした状況下、米連邦公有地で新規の石油・ガス掘削とシェール開発のフラッキング(水圧破砕工法)禁止を公言するバイデン次期大統領を牽制するためか、米石油協会(API)は11月23日、米国での石油・天然ガス開発や米エネルギー安全保障に悪影響を及ぼすとして「訴訟提起など、あらゆる手段を講ずる」との声明を発表した。

 

 政権交代によって様々な政策が変更されるのは不自然ではないが、そのたびに振り回されるのがビジネスの当事者たちだ。世界的な脱炭素化への流れのなか、バイデン次期大統領の就任を受けて、石油や石炭会社は化石燃料から再生可能エネルギーへと方向転換を強いられるのか、それとも、自ら率先してクリーンエネルギーの経営に一気に舵を切るのか、その決断が迫られている。

 

阿部直哉 (「MIRUPLUS」編集代表)

 1960年、東京生まれ。慶大卒。Bloomberg News記者・エディターなどを経てCapitol Intelligence Group(ワシントンD.C.)の東京支局長。2020年12月からIRuniverseが運営するウェブサイト「MILUPLUS」の編集代表。

 1990年代に米シカゴに駐在。エネルギーやコモディティの視点から国際政治や世界経済を読み解く。

 著書に『コモディティ戦争―ニクソン・ショックから40年―』(藤原書店)、『ニュースでわかる「世界エネルギー事情」』(リム新書)など。