コンサルティングを手がける山澤企画の川上敦顧問はこのほど、外国為替市場におけるドル安進行を受け、年明け以降のドル円相場が「1ドル=80円、過去最高値の75円78銭(2011年10月21日)もあり得る」との見解を示した。そのうえで「2021年は年明けから通貨が大きな国際問題になる」と強調した。ギリシャ財政危機の再来、産油国のドル離れの予兆、中印による金保有の増加、暗号資産(仮想通貨)デジタル人民元の導入で中国が通貨覇権を目指すなど、国際金融では基軸通貨ドルの信認を根底から揺るがしかねない動きが目立っている。

 

 最近の米株式市場では、ダウ平均株価が3万ドル台で推移するなど、好調さが目立っている。12月4日には終値ベースで3万218.26ドルを付け、過去最高値を更新した。他方、外国為替市場におけるドル相場は下落基調が続いている。

 

 米国の雇用状況に関連し、失業保険の動向から新規受給申請件数、受給件数が2019年の状態にはまだ遠いものの、週次ベースで改善が続いている。一方、消費者心理を代表する消費者信頼感指数(コンファレンスボード)では、ボトムからの改善幅が小さいことも明白だ。雇用の改善はみられるものの、消費者の意欲を向上させるレベルではないという点が明白となっている。

 

 eコマースが飛躍的な伸びを示すなか、米国内でクリスマス商戦に向けた消費が落ち込めば、国内の小売業界は大きなダメージを受ける。米石油業界ではシェールオイル掘削作業における損益分岐点が50ドル前後とされるものの、需要の伸びが見込めないことからWTI原油相場は再び1バレル30ドル程度にまで下落することも想定される。景気回復への力強さがみられないなか、金融市場関係者の間では、米株式市場でバブルが崩壊するとの声が囁かれている。

 

 米国以外に目を向けると、新型コロナウイルス(COVID-19)の世界的な感染拡大で、政府の債務が増え続けるギリシャなど脆弱な財務基盤の国々が再び金融危機に陥る可能性も否定できない。

 

 コロナ禍にもかかわらず、国内総生産(GDP)成長率予測でプラスの中国は近年、金準備高を着々と増やしている。金保有量(2019年4月現在)は米国が8,133.5トンと世界第1位で、第6位の中国(1,874トン)を大きく引き離しているものの、中国はさらなる金購入に積極的との見方が一般的だ。

 

 ドル信認を揺るがす兆しは中東からも伝わる。米国はこれまで、石油決済代金のすべてをドルで支払うシステム=ペトロダラー体制に移行させることに成功した。石油取引の決済手段としてドルが絶大な地位を保ってきた。石油メジャーなどの試算によると、ペトロダラーの市場規模は約8,500億ドル(2017年ベース)と見積もられている。

 

 こうしたなか、今年11月半ばにはアラビア国営石油会社のサウジアラムコが中国の人民元建ての債券発行に乗り出すとの情報が伝わった。次期米大統領就任が確実視されるバイデン氏はイラン核合意への復帰に意欲を示している。米国の中東政策がトランプ現政権から大きく転換することを懸念するサウジ政府が米国を牽制するため、人民元の利用に乗り出したとの憶測も浮上している。米国政府はこうしたサウジの動きを見逃すことはないだろう。

 

 ところで、ここ数年、暗号資産(仮想通貨)導入をめぐる論争が激しくなっている。ことの発端は米フェイスブックが2019年6月に仮想通貨「リブラ」構想(*現在はディエムに名称変更)を公にしたことだ。欧米の金融当局は既存の金融システムへの悪影響や、不正送金の温床になるなどと主張し、リブラ導入の動きを牽制した。

 

 金融当局が脅威とみなすのはリブラだけでない。中国の習近平指導部が推進する「デジタル人民元」の存在だ。国家による法定通貨の認定、破綻リスクに直面した場合も国家の裏付け保証がされるため、デジタル人民元は加速度的に普及する可能性が高い。今年10月半ば、中国はデジタル人民元の発行に向け、広東省で実証実験をすでに開始した。

 

 前出の川上氏が指摘するように、2021年は通貨問題がクローズアップされる年となるかもしれない。米株式相場のクラッシュ、ドル急落が現実となれば、ドル取引をめぐる一連の動きは基軸通貨ドル覇権の揺らぎを意味する前兆となり得るだろう。まずは年末から年初にかけての為替相場の動向に注目したい。

 

 

阿部直哉 (「MIRUPLUS」編集代表)

 1960年、東京生まれ。慶大卒。Bloomberg News記者・エディターなどを経てCapitol Intelligence Group(ワシントンD.C.)の東京支局長。2020年12月からIRuniverseが運営するウェブサイト「MILUPLUS」の編集代表。

 1990年代に米シカゴに駐在。エネルギーやコモディティの視点から国際政治や世界経済を読み解く。

 著書に『コモディティ戦争―ニクソン・ショックから40年―』(藤原書店)、『ニュースでわかる「世界エネルギー事情」』(リム新書)など。