「鉄は軍神の象徴である」-古代ギリシャでは、鉄の殺傷力が人々に恐れられていたそうだ。その伝承はヘシオドス、ヘロドトス、プラトンといった賢人たちの古典からも窺うことができる。彼らは一様に、鉄を武器に黄金を軍資金に変え、戦争規模を拡大していった「鉄の時代」を忌み嫌ったとされている。(写真はYahoo画像から転載)

 

    ギリシャ神話では、大まかに4つの時代区分がなされている。黄金の時代、銀の時代、青銅の時代、そして鉄の時代だ。

 

    黄金の時代とは、農耕神クロノスと大地の女神レアが世界を支配していた時代とされる。銀の時代はギリシャ神話の主神、ゼウスが世界の支配者となった直後の時代だ。また、青銅、鉄の時代ともゼウスの支配した時代を指すが、とりわけ、鉄の時代は「武器としての鉄が邪悪のものである」と、人々にイメージされたという。

 

    古代ギリシャの叙事詩人、ヘシオドスは著書『仕事と日々』のなかで、「人間はかつて黄金の時代を享受したが、やがて時代は銀の時代、青銅の時代へと退化し、いまの人間は忌まわしい鉄の時代を生きている」と記した。その上で「昼夜を問わず苦役と苦悩に苛まれ、それが止むことはなく、神々は過酷な心労の種を与えるであろう」と、鉄の時代を真っ向から否定している。

 

    他方、古代ギリシャの歴史家、ヘロドトスの著書『歴史』や、哲学者であったプラトンの著書『クリティアス』などでも、鉄の時代の人間を金や銀の時代の人間たちよりも堕落し、殺伐とした戦乱の時代を送ったと記されている。いずれも金の時代への回帰を標榜していたことが窺われる。

 

    美術史学者の鶴岡真弓氏は、ヨーロッパ人に鉄が忌み嫌われたことを示す例として、次のように記述している。

 

    「古代ギリシャ世界を理想として始められた、近代オリンピックの『金・銀・銅』のメダルは、これら古代ギリシャ人の金属の素材や破壊力にまつわる善悪の区別、理想と恐れなどが少なからず反映されているのではないだろうか」(『黄金と生命―時間と錬金の人類史』)。

 

    地球上では人種、民族、宗教などを巡る対立、紛争が絶えない。気候変動がもたらす大災害、経済格差の広がり、コロナ禍による社会不安。古代ギリシャの賢人たちの言葉に、われわれはふと気付かされるのではないか。21世紀のいまも人間が神々から乖離している鉄の時代ではないかと。

 

在原次郎

 コモディティ・ジャーナリスト。エネルギー資源や鉱物資源、食糧資源といった切り口から国際政治や世界経済の動向にアプローチするほか、コモディティのマーケットにかかわる歴史、人物などにスポットを当てたリサーチを行なっている。『週刊エコノミスト』などに寄稿。