ルター、ディドロ、ファラデー、カントといった西洋の大思想家、哲学者、科学者たちは鍛冶屋の息子が多かったそうだ。幼い時から耳にした鍛冶の鎚音が「豊かな思想性と創造性に結び付いた」との指摘もある。(写真はyahoo画像から転載)

 

  フランスの啓蒙思想家、ドゥニ・ディドロは1713年10月、中世以来刃物で有名なシャンパーニュ地方ラングルの鍛冶屋と倅として生まれたという。18世紀を代表する出版物『百科全書』の編纂・刊行で知られるディドロは、これの編纂作業で当時の先端技術や科学思想を紹介するにとどまらず、キリスト教の退廃や哲学などの批判を繰り広げたため、しばしば出版弾圧を受けることになった。苦難の末、1772年、ダランベール(途中で編集から外れる)との共著である『百科全書』完結という大事業を成し遂げた。

 

  他方、「純粋理性批判」、「実践理性批判」、「判断力批判」の批判哲学を提唱し、ドイツ観念論哲学の祖とされるイマヌエル・カントは1724年4月、東プロイセンの首都ケーニヒスベルク(現ロシア領カリーニングラード)にあった馬具(鉄製造)職人の四男として生まれた。

 

  ルーテル教会の創始者で、宗教改革で先頭に立ったマルティン・ルターは、鉱山業に関連していた冶金業者、父ハンス・ルターと母マルガレータの次男としてザクセン地方のアイスレーベンで産声を上げたとされる。

 

  このほか、電気分解の法則や電磁誘導の法則を発見した英国の化学者・物理学者のマイケル・ファラデーも1791年9月、鍛冶職人の三男としてロンドン近郊で生まれた。

 

  鉄を巡る文化史のテーマとして、欧州の思想家、哲学者、科学者たちが鍛冶屋の倅であったことが、思想性や創造性にどのような影響を与えたかは憶測の域というより、偶然と捉える人たちも多いかもしれない。

 

  他方、鍛冶の鎚音について興味深い考察もある。飯田賢一氏は自著『日本人と鉄―現代技術の源流と土壌―』で、西洋だけでなく日本でもGSバッテリーの元祖、日本電池と島津製作所の創業者である島津源蔵、国際的な版画家である棟方志功、ホンダ創業者である本田宗一郎がいずれも鍛冶屋の倅であるとした。

 

  それを踏まえ、飯田氏は「幼い時から聞いた鍛冶の鎚音。つまりほんとうの技術教育の場は、豊かな創造性の源泉であったのではあるまいか」と結んでいる。

 

在原次郎

 コモディティ・ジャーナリスト。エネルギー資源や鉱物資源、食糧資源といった切り口から国際政治や世界経済の動向にアプローチするほか、コモディティのマーケットにかかわる歴史、人物などにスポットを当てたリサーチを行なっている。『週刊エコノミスト』などに寄稿。