民主党のバラク・オバマ政権から共和党のドナルド・トランプ政権への移行で、米国のエネルギー戦略は大きく変化した。化石燃料を重視するトランプ現政権の4年間は、パリ協定からの離脱など、脱炭素化に重きを置くオバマ前大統領が取り組んできた政策を否定するものだった。オバマ、トランプ両政権のエネルギー政策を振り返ったうえで、11月に実施される米大統領選挙後の「米エネルギー戦略」を展望する。

 

2014年の米中間選挙で与党敗北―パイプライン計画への潮目が変わる

 

 環境保全が担保できないとして、オバマ大統領(写真=外務省の公式HPから転載、内閣広報室が提供)は任期中、米国とカナダを縦断する石油パイプライン「キーストーンXL」建設計画の許可を2012年1月から一貫して見送ってきた。ところが、14年11月4日に実施された米中間選挙の結果、その潮目が変わった。

 当時、野党だった共和党が圧勝し、共和党が上下両院を議席数で支配することになった。この時点で2年余りの任期を残すオバマ大統領は、議会運営で共和党の政策を無視できなくなるとされた。与党民主党はエネルギー政策で共和党に妥協する場面も想定され、オバマ氏は大統領権限である「拒否権」を行使する場面が増えるとみられた。

 中間選挙の結果、共和党の実力者であるミッチ・マコーネル上院院内総務(ケンタッキー州選出)が再選されたほか、リサ・マコースキー上院議員(共和党・アラスカ州選出)が上院エネルギー・天然資源委員会委員長が就任するなど、共和党主導によるエネルギー政策の変更に弾みが付くとみられ、パイプライン建設推進派が勢い付いた。

 劣勢下にあったにもかかわらず、オバマ大統領はこれまでの姿勢を貫いた。2015年11月6日、拒否権を発動し、キーストーンXLの建設申請を却下するなど、送油管の建設によって石油消費を増やし、気候変動に悪影響を与えるとの判断を覆さなかった。

 

COP21で大国としての指導力を発揮したオバマ政権

 

 オバマ大統領は2015年11月末にパリで開催された国連気候変動枠組み条約の第21回締結国会議(COP21)に出席した。二酸化炭素(CO2)の排出量削減を参加国に積極的に呼びかけるなど、米国は大国としての指導力を発揮した。

 発電分野で「石炭から天然ガスへ」のシフトを鮮明にしたオバマ政権時の米国では、その実効度が数字上からも明らかとなった。米エネルギー情報局(EIA)によると、米国内の2016年の石炭生産量は前年比15%減の7億3,900万stだった。08年から16年までの減少率は37%に及んだ。ちなみに、16年は石炭消費量の92%が発電向けだったという。

 

2016年の米大統領選挙―トランプ氏の当選でエネルギー戦略が大転換

 

 2016年11月8日、全米で投開票された米大統領選挙で、共和党のトランプ候補(写真左)が大方の予想に反し、勝利した。エネルギー分野では、オバマ政権が取り組んできた政策を真っ向から否定した。(写真は2019年6月末に日本で開催された20カ国・地域首脳会議=G20大阪サミットで、会期中に開催された日米首脳会談。内閣広報室が提供))。

 トランプ新大統領はまず、COP21に関連し、地球温暖化対策で全参加国が合意した「パリ協定」から脱退する意向を表明した(大統領就任後の2017年6月に脱退を正式表明)。トランプ氏はさらに、米国内で原油や天然ガス、石炭の生産を推進する「米エネルギー支配戦略」を宣言した。オバマ大統領が却下したキーストーンXLパイプライン建設計画を早期に復活させるとも強調した(トランプ氏は2017年1月の就任直後に建設工事再開の大統領令に署名)。

 2020年以降の地球温暖化対策をまとめたパリ協定は16年11月4日に発効した。離脱を通告した場合、それが認められるのは3年後になる。また、諸手続きに時間を要するため、実際の離脱はその1年後となる。トランプ氏は2期目も大統領職に留まらない限り、パリ協定から完全に脱退できない。オバマ大統領はトランプ氏の思惑通りにならないようにするため、任期中の協定合意を急いだとも言われた。

 

トランプ政権誕生で再エネ普及・拡大にブレーキがかかるとの懸念

 

 ところで、パリ協定が事前予想よりも早く締結、発効に至った背景には、温暖化対策が喫緊の課題であるという国際社会の共通認識があった。とりわけ、温室効果ガス(GHG)の二大排出国である中国と米国がいち早く批准したことで、他の国々をリードした。他方、トランプ大統領の登場で脱炭素化の動きにブレーキがかかるとの懸念が広がったのも事実だ。

 オバマ政権は政権発足後の早い段階で、環境分野への投資を増加させ、雇用創出につなげる「グリーン・エコノミー戦略」を掲げた。「京都議定書」に批准しなかったジョージ・ブッシュ元大統領との違いを国内外に示すことで、メディアの間では、米国が再び気候変動問題に本腰を入れ始めたと好意的に受け止められた。

 政策の骨子となったのが再生可能エネルギー開発だ。当時、オバマ大統領は今後10年間で、再エネ、IT(情報技術)を駆使して送電を制御するスマートグリッド、バイオ燃料などの環境分野に1,500億ドルを投資すると強調した。2025年に電力供給の25%を再エネに転換し、この分野で500万人の新規雇用を生み出すなどとした。

 この政策は後に、GHGを2005年比で20年までに17%、30年までに42%、50年までに83%を、それぞれ削減する目標設定につながった。ただ、根拠となった法案が「米国クリーンエネルギー及び安全保障法」(ACES法)に準拠していたことから「環境」より「産業振興」と「エネルギー安全保障」が米政府の真の狙いとも指摘された。

 一方、トランプ政権が化石燃料を重視する上で拠り所となったのが「シェール革命」だ。オバマ政権時の2009年頃から米国でシェール開発事業が本格化し、シェール由来のオイルとガスの生産量が飛躍的に増加した。これによって、トランプ大統領がたびたび強調するように「エネルギーの自立」が現実味を帯びるようになり、米国での石油生産動向が中東エネルギー戦略や、国際原油市場にもインパクトを与えるようになった。

 

「化石燃料大国」と「再生可能エネルギー大国」が共存する米国

 

 米エネルギー情報局(EIA)は2018年1月10日、米国内の発電網に新たに接続された、17年の発電設備の能力が25ギガワット(GW)だったことを明らかにした。大半を太陽光や風力などの再生可能エネルギーが占めた。

 月間ベースで再エネ設備の発電量が2017年3月に総発電量の21%に相当する675億キロワット時(kWh)と、過去最高を記録するなど、米国内で再エネの存在感が高まった。

 EIAはまた、2008~17年の間に米国内で役割を終えた発電プラントの大半が、化石燃料による火力発電所プラントだったと付け加えた。内訳は、石炭火力発電が47%、天然ガス火力発電プラントが26%。退役した石炭火力発電所の使用年数は平均52年、発電能力が105メガワット(MW)だった。

 トランプ政権が化石燃料に重きを置く政策を打ち出し、規制緩和を進めたのに対し、大手石油企業などは再生可能エネルギーへの投資拡大に舵を切っている。また、カリフォルニア州やニューヨーク州などの州政府がクリーンエネルギー政策に注力するなど、米国では化石燃料政策を重視する連邦政府と、企業や自治体などによる再エネ開発・推進が同時進行している。米国は「化石燃料大国」と「再エネ大国」が共存する国家でもある。

 トランプ大統領が化石燃料の必要性を強調すればするほど、皮肉にも米国民は気候変動問題や脱炭素化への移行に気付かされるようになった。パリ協定への復帰を目指す、米国市民と米国経済を代表する連携団体「We Are Still In」(私たちはまだパリ協定に参加している)などはその象徴的な存在だ。

 

化石燃料から脱炭素への変化でなく、エネルギー安全保障の視点が必要

 

 11月3日に投票日を迎える米大統領選挙を控え、各種世論調査で民主党の指名獲得を確実にしているジョー・バイデン前副大統領(写真右)の優勢が伝わる。トランプ氏が再選されれば、これまでのエネルギー戦略を継続すると予想されるが、バイデン氏が勝利した場合、どのような政策転換がもたらされるのか。(写真は2015年9月、ニューヨーク訪問中の安倍晋三首相が当時のバイデン副大統領から表敬を受けた際に撮影。内閣広報室が提供)。

 バイデン氏は石油パイプライン「キーストーンXL」建設計画を白紙に戻すことを表明済みだ。また、パリ協定への復帰も速やかに宣言するとみられる。

 具体的なエネルギー戦略については7月14日、クリーンエネルギー投資計画を公表し、再生可能エネルギーの推進を打ち出した。

 この計画は、クリーンエネルギー経済を実現するため、2兆ドル(約214兆円)の巨費を再エネやインフラ投資に向けるというもので、風力発電や電気自動車(EV)製造を増やし、雇用創出の促進につなげる狙いがある。

 また、2035年までにCO2を排出しない電力業界の実現を目指すため、原子力の利用を継続する一方、風力や太陽光などの再エネや水素、CO2の回収・利用・貯蔵(CCUS)にも注力すると表明した。

 世論調査でバイデン氏が優勢とはいえ、その差は7~8ポイント程度と、誤差の範囲にある。当然、トランプ陣営の巻き返しも予想される。前回(2016年)の大統領選挙同様、今回も「隠れトランプ支持者」が多いとの分析もあり、現時点で選挙戦の趨勢を判断するには時期尚早だ。

 ただ、政権交代が実現すれば、トランプ大統領がこれまで推し進めてきた「米エネルギー支配戦略」は後退せざるを得ないだろう。石炭会社を中心にエネルギー業界の再編・淘汰が加速するかもしれない。

 米エネルギー戦略が劇的に転換することで、民間企業や州政府、地方自治体などが取り組んできた再生可能エネルギーの事業活動に弾みが付きそうだが、化石燃料から脱炭素へといった目先の変化だけでなく、安全保障という視点で米エネルギー戦略を捉えることも必要だ。共和、民主のいずれの党が政権を担うにせよ、エネルギー戦略を考える場合、米国によるエネルギー覇権の掌握が大前提となるからだ。

 

 

阿部直哉 (「MIRUPLUS」編集代表)

 1960年、東京生まれ。慶大卒。Bloomberg News記者・エディターなどを経てCapitol Intelligence Group(ワシントンD.C.)の東京支局長。2020年12月からIRuniverseが運営するウェブサイト「MILUPLUS」の編集代表。

 1990年代に米シカゴに駐在。エネルギーやコモディティの視点から国際政治や世界経済を読み解く。

 著書に『コモディティ戦争―ニクソン・ショックから40年―』(藤原書店)、『ニュースでわかる「世界エネルギー事情」』(リム新書)など。