「水素を利用してクリーンな未来を創造するのが日本の生き残る道」

 

 菅義偉首相は今年10月末、2050年までに温室効果ガス(GHG)の排出量を実質ゼロにする目標を打ち出した。MIRUPLUS編集部はこのほど、日本の脱炭素政策の展望や、地球温暖化問題で米中欧の「環境覇権」争いが激化するなか、国際社会をリードするのはどこの国になるのかといった点について、元国際エネルギー機関(IEA)の事務局長で、ICEF運営委員会議長の田中伸男氏にインタビューした。(写真は田中氏が提供)

 

 

MP(MIRUPLUS編集部、以下MP)

 菅首相の「カーボン・ニュートラル」宣言をどのように評価しますか。

 

田中氏

「日本(政府や企業)はこれまで二酸化炭素(CO2)排出しない技術開発に取り組んできましたが、石炭火力発電を続けているなどとして残念ながら国際社会で認められていません。省エネや太陽光などの再生可能エネルギー、水素開発などで日本側からイニシアチブをとるべきです。政府がリーダーシップを発揮することで民間での取り組みが活発となります。カーボン・ニュートラル実現に向け、ロードマップ(行程表)をつくるのは大変ですが、それをやりきることが必要ですね」

 

MP

 菅政権のグリーン成長戦略にかかわる実行計画では、洋上風力発電や水素利用などが重点分野に上がっています。戦略の方向性は正しいと思いますか。また、2021年半ばに策定される政府のエネルギー基本計画にどう反映されるとみていますか。

 

田中氏

「絶対という方策はありません。ありとあらゆるイノベーションが求められます。従来の路線を大きく変えないと脱炭素は達成できません。問題はエネルギーミックスで原子力をどのくらいにみるかではないでしょうか」

 

MP

 エネルギーミックスを考える上で原子力発電をどう位置付けるのか、原発を活用しようという議論が十分でないように思えます。

 

田中氏

「政治も原発は必要と言いながら、たとえば、小型モジュール炉にする場合、いつ頃から実装していくかを考えるときに大型軽水炉の再稼働を早くしたいと。米国では原発の運転期間を80年まで延ばすことを議論していますが、日本の場合、40年から60年へと延ばす議論です。まず、既存炉の再稼働とライフスパン(原発寿命)を延ばすことを国民が受け入れるかどうかを考えなければなりません」

 

「米国では『フレキシブル・ニュークリア・キャンペーン』で原発開発にかかわる研究を続けています。日本は小型モジュール炉開発にかかわる覚書(MOU)を提携し、米国と共同研究しています。小型炉だと出力調整が可能で、デブリ処理にも利用できます。(核燃料の)最終処分問題を含め、原子力のパラダイムをつくっていくことも必要です。日米で核不拡散条約につなげていく努力が求められています」

 ㊟ 核不拡散条約-国連の常任理事国(米、英、仏、中、露)以外の国家が核兵器の保有禁止をするために締結された多国間条約。

 

MP

 核兵器保有・使用を全面的に禁じる核兵器禁止条約(TPNW)が2021年1月に発効する予定です。発効条件の50カ国・地域が批准しました。

 

田中氏

「日本は平和利用のための原子力開発をやっていくべきで、核兵器禁止条約に加盟すべきです。世界は日本が核兵器をつくるために原子力を維持するのではないかと思われているようですが、唯一の被爆国としてヒロシマ・ナガサキ(の被害)を説明していくことで核兵器削減の意思を示すべきです。日本が国連の安全保障理事会入りを本気で考えるのであれば、実はこうした行動が早道となります。非核兵器国のリーダーとして外交を展開すべきでしょう。」

 

MP

 脱炭素政策において欧州勢が先行し、世界第1位のGHG排出国である中国も国を挙げて取り組んでいます。化石燃料を重視する政策を貫いたトランプ米政権もバイデン新政権に移行することで、環境覇権をめぐる競争がさらに激化すると予想されますが、いかがでしょうか。

 

田中氏

「脱炭素が重要なイシューとなったいま、風力や太陽光といった再生可能エネルギーが有利になってしまいました。これに新型コロナウイルスの感染拡大が加わったことで、こうした流れができるとニューノーマル(新常態)として消費者の生活パターンは以前に戻らないし、企業もデジタルトランスフォーメーション(DX)でコスト削減につながったことが分かってしまいました。トランプ政権が掲げた『エネルギー・ドミナンス戦略』は、コロナ禍によるロックダウンなどで石油需要が減るという現象を生み出しています。需要が供給より大切という流れが出てきたと言えます。需要が世界を変えていく時代となりました」

 

「専門家の間では、2019年に石油需要がピークを迎えたという人がいます。英BPや仏トタルも同様に考えているようです。米国ではエクソンモービルなどがまだ化石燃料やシェールオイルでいくとみられますが、こうした流れをこれから注視していく必要がありそうです」

 

「バイデン氏は大きなエネルギー転換の政策にシフトし、カーボン・ニュートラル路線に向かうでしょう。GAFA(グーグル・アップル・フェイスブック・アマゾン)は2050年どころか2030年にカーボン・ニュートラルを達成すると宣言しています。これに従わなければ、サプライチェーンに残れません。つまり、需要サイドが供給サイドを支配する時代がくるということです。気候変動など地球温暖化問題を考えれば、化石燃料の生産国はそれに従わざるを得ません」

 

MP

 気候変動問題に関して中国や欧州の動きをどうみていますか。

 

田中氏

「中国は地球環境問題を考えていますが、より安全保障を重視しています。再生可能エネルギーを導入することでコスト減を目指しているのが実態です。中東情勢が不安定化すれば、中国はロシアか米国から石油やガスを買うしかありません。そうした事態をなるべく少なくしたいというのが本音でしょう。欧州も同じ議論をしています。ロシアからのガス依存から脱却したいということで、脱炭素の動きを加速しています。水素同盟をつくるなどして産業利用しようとする動きはそれを示しています」

 

MP

 最後に、国際社会のなかで日本が果たすべき役割はいかがですか。

 

田中氏

「では、日本はどうするのか。不安定な中東地域にエネルギーを依存するのか、(自国で賄える)再生可能エネルギーを選ぶのか。日本は中国や欧州と同じ戦略をとることが求められるでしょう。安全保障の面から化石燃料の輸入を下げていくということです」

 

「日本にとって今後、ブルー水素(CO2回収・貯蔵=CCSのプロセスで生成される水素)が重要となってきます。日本は水素貿易を目指すべきです。豪州や中東、カナダなどの資源を活用すれば、それを水素エネルギーに応用できます。水素をつくってクリーンな未来を創造する。これが日本の生き残る道と思います」

 

㊟ 田中氏は現在、ICEF運営委員会議長のほか、笹川平和財団顧問などの肩書を持つ。

 

 

阿部直哉 (「MIRUPLUS」編集代表)

 1960年、東京生まれ。慶大卒。Bloomberg News記者・エディターなどを経てCapitol Intelligence Group(ワシントンD.C.)の東京支局長。2020年12月からIRuniverseが運営するウェブサイト「MILUPLUS」の編集代表。

 1990年代に米シカゴに駐在。エネルギーやコモディティの視点から国際政治や世界経済を読み解く。

 著書に『コモディティ戦争―ニクソン・ショックから40年―』(藤原書店)、『ニュースでわかる「世界エネルギー事情」』(リム新書)など。