日経産業新聞の2020年12月21日付記事に「中古車、輸出先で環境汚染」というものがあった。記事では、国連環境計画(UNEP)の調査を示し、先進国から途上国へ中古車が流れている構造を示す。そして、そこで起こる環境汚染として、自動車から排出される温室効果ガスや大気汚染を問題視している。

 

 先進国の多くで排出ガスの基準が高まる一方で、途上国では規制は緩い。環境規制の緩い地域に工場が移転するような現象をポリューション・ヘイブン(汚染逃避仮説)と言ったりするが、それに似たような現象である。先進国は汚染源を他国、しかも相対的に豊かではない国に押し付けて、自分たちがクリーンとなることへの違和感がこのような現象を問題視する。

 

 排出ガス規制の差による移動は、同じ国内でも都市と地方で差があれば起こりうる。日本でも一部の地域によるディーゼル車の使用規制が導入された。他国でも都市によって使用規制の程度が異なることがある。伝統的に起きてきた事象であり、新しいことではない。

 

 筆者が中古車輸出の研究を始めたのは2005年頃である。この時点では中古車の輸入国で引き起こす大気汚染の問題の指摘は確認したが、筆者は当時でもこの問題は研究テーマとして古いものと捉えていた。そのため、筆者は「中古車の輸出は廃棄物の輸出にあたるか」というテーマで、中古車輸出の研究に関わってきた。本連載でもその内容は記録されている[1][2]。

 

(関連記事)

 ・Arata AbeのASIAN ELV RECYCLE Report vol.1 ~輸出中古車の行方~

 ・Arata AbeのASIAN ELV RECYCLE Report Vol.2 ~使用済自動車と中古車輸出の数量はどうなってい...

 

 現在、先進国を中心に各国で脱ガソリン車の動きはある。先の日経産業新聞の記事にもあるように、UNEPの調査の背景にはこのような動きがあるのかもしれない。それは遅かれ早かれ起こることである。この構造が新しいかどうかだが、筆者はまだその新しさを感じない。上記の記事の最後に、「輸出国である先進国にも責任を分かち合う姿勢が求められそうだ」と記述されている。今回、新たな責任論に発展するかである。

 

 中古車の輸出国の責任論は、日本では50年以上も前の1965年頃から指摘されている[3] (→ Arata AbeのASIAN ELV RECYCLE Report Vol.3~中古車輸出のデータを見る~)。当時は品質や安全性に問題のある古い車を輸出することで、輸出国の信頼を損ねるということが指摘された。環境汚染の観点から中古車輸出を問題視するようになったのはいつ頃からかは確認していないが、1970年代に国内で中古車の大気汚染は問題視されていたことから、早い段階で指摘はあったように想像する。

 

 1965年の日本の中古車輸出の問題において、当時の通商産業省が行った政策は、輸出時の検査であり、輸出の禁止や数量制限ではなかった。排出ガスという環境汚染対応も政策として行うのであれば、同様のことになりうる。つまり、輸出国の責任として、輸出を数量制限や年式制限をすることは考えにくい。中古車輸出にも関連事業者がおり、輸出国が制度化をするにはそれらが納得するような根拠の説明が必要である。せいぜい輸入国の排出ガス基準に適合しているか否かを輸出前に検査するというものではないだろうか。

 

 結局は、輸入国が排出ガスをどのように考えているかである。尤も、多くの輸入国で、安全性や排出ガスなど様々な理由で輸入制限を行っている。その形は、輸入禁止のほか、ハンドル規制、年式規制、関税など様々である。排出ガスを根拠とするものは、もちろん大気汚染対策なのだろうが、建前的なものもあり、新車販売業界の保護が本音であることもある。中古車が規制の緩い国に流れるのは確かだが、現実的に多くの国で何らかの制限を行っており、規制がない国を探すほうが珍しいように思える。

 

 リサイクルの場合、国の政策に頼らず、輸出国の企業が海外に進出することで結果的に環境対策がなされることがある。つまり、責任という形ではなく、利潤獲得目的の行動である。そのような輸出国企業の海外展開は、大気汚染の場合、ありうるかである。下取りという名の低燃費車の廃棄促進などがあるだろうが、この点は少し考えておきたい。

 

 なお、記事では中古車の3大輸出拠点としてEU(54%)、日本(27%)、米国(18%)と記述されている。UNEPの数値は細かく確認していないが、やや気になるところである。EUはEU域内の数量を含んでいることが想定され、米国も対象品目が少ないことで数量が少なくなっている可能性がある。これらについても、後日、確認しておきたい。

 

参考文献

 [1]阿部新(2017)『国境を越える自動車のリサイクル』,未刊行報告書

  (http://web.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~a_abe/report01.pdf

 [2]阿部新(2015)「中古品貿易を考慮した廃棄物処理制度に関する政策研究の課題-自動車を事例に-」,『環境経済・政策研究』8(1),74-77

 [3]阿部新(2016)「日本の中古車輸出市場の形成と貿易規制に関する一考察」 『研究論叢. 人文科学・社会科学』65(1),15-24

 

 

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阿部新(Arata Abe)

 山口大学 国際総合科学部・教授

 2006年一橋大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。

 同大学研究補助員を経て、2008年より山口大学教育学部・准教授

 2020年より同大学国際総合科学部・教授